遠近法で描く中国 -2nd Season- -41ページ目

遠近法で描く中国 -2nd Season-

片手にピストル 心に花束 唇に火の酒 背中に人生を。 

副題:仕事の知恵・人生の知恵
編者:PHP総合研究所
発行:PHP研究所 / 1999年4月 / 文庫本
ジャンル:ビジネス


共感した箇所のご紹介です。
「(たとえば、)よそで一万円のものを、場合によっては一万五百円で売ります。するとお客さんが”なぜよそより高いのか”と聞かれます。そのときに”同じ製品ですが、私の方はお添え物があるのです””何を添えてくれるのか””私どもの魂を添えるのです”と申し上げることができるかどうか。そのように、お店の魂をプラスして価格を決定することがお互いの商売には必要だと思うのですが、いかがでしょうか。」(2月8日「魂を加えた価格」)

「わが国は戦後、相当立派な成長発展を遂げてきましたが、不思議に愛国心という言葉がお互いの口から出ません。ときたま出ても、あまり歓迎されない状態です。愛国心というものは、国を愛するあまりに他の国と戦いをすることになるという人もあります。しかし決してそうではないと思います。国を愛すれば愛するほど、隣人と仲良くしていこう、友好をを結んでいこうということになるだろうと思うのです。」(2月11日「国を愛する」)

「販売に当たる人が、一つの商品について技術、製造の人の開発の苦心を思い、逆に技術、製造にたずさわる人は、販売する人の努力に感謝し、心をこめて製品をつくりあげる。また経理の人は一円のお金にも、それが利益となって生まれてくるまでの技術、購買、製造、販売、その他すべての部門の汗の結晶というものを考え、それを最大限生かしてゆく。」(2月22日「努力を評価しあう」)

「行き詰る会社をみてみますと、たいていは仕事がヒマになったらムリをしてでも注文を取ろうとしています。その結果、かえって大きな損をして会社の破綻を招くことになってしまうのです。反対に「ヒマはヒマで仕方がない。これは一時的な現象なのだから、この機会に日ごろ怠りがちだったお得意さんに対するサービスをしておこう」とか、「機械の手入れすべきところはしておこう」というような態度をとっている会社は、かえって時を得て発展する。こういう場合が多いように思います。」(2月26日「時を待つ心」)


次回は3月分をお届けします。


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副題:仕事の知恵・人生の知恵
編者:PHP総合研究所
発行:PHP研究所 / 1999年4月 / 文庫本
ジャンル:ビジネス

この書籍は、松下幸之助翁が語られた言葉、文章として残された言葉を、PHP総合研究所が編纂して一日一話形式(366話)にまとめたものです。
前回ご紹介した『指導者の条件』と同じ内容も一部、記載されています。

[目次]
省略します。

共感した箇所のご紹介です。
「(つまり、)経営者、指導者はまずはじめに言葉を持たなくてはならない。言いかえれば、一つの発想をし、目標をみなに示すということである。あとの具体的なことは、それぞれ担当の部署なり社員なりに考えてもらえばいい。しかし、最初に発想し、それを言葉にすることは、経営者がみずからやらなくてはいけないと思う。」(1月4日「はじめに言葉あり」)

「素直な心とはどういう心であるかといいますと、それは単に人にさからわず、従順であるというようなことだけではありません。むしと本当の意味の素直さというものは、力強く、積極的な内容を持つものだと思います。
 つまり、素直な心とは、私心なくくもりのない心というか、一つのことにとらわれずに、物事をあるがままに見ようとする心といえるでしょう。」(1月6日「素直な心とは」)

「お互いの仕事なり職業というのは、それぞれに自分の意思で選び、自分の力でやっているようではあるが、本来は社会が必要としているからこそ成り立つものである。つまり、自分がやっているのではなく、社会にやらせてもらっているのだということが言えると思う。床屋の仕事でも、髪をキチンとしたいという人びとの要望があって、はじめてそれが必要とされるのである。このことは、どんな仕事についても同じである。」(1月10日「社会にやらせてもらう」)

「不景気のときには苦しく困難であるが、不景気であるがゆえにはじめて得られるものがある。不景気になったために知らなかったことを知った、ある悟りを開いたということがある。それによって次の手が打てる。だから不景気のときには、伸びているところも少なくない。そういう見方をするならば、不景気もまた結構ということになると思うのである。」(1月14日「不景気またよし」)

「需要家の方からいただくおほめの手紙はもちろんありがたいけれども、苦情の手紙をいただくのもありがたいことだと思います。かりに苦情の言わない方はそのまま「あそこの製品はもう買わない」ということで終わってしまうかもしれません。しかし不満を言って下さる方は、そのときは「もう買わない」というつもりでも、こちらがその不満を丁寧に扱って、不満の原因をつかむとともに、誠心誠意対処すれば、その誠意が通じ、かえって縁がむすばれる場合が多いと思います。」(1月20日「苦情から縁がむすばれる」)
→「消費者」ではなく「需要家」という言葉に惹かれました。「消費者」という言葉を生んだ生産者は、真心のこもった製品を、本当に作ってきたのでしょうか。


次回は2月分をお届けします。


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引き続き『指導者の条件』のご紹介です。


「中国の賢人、墨子のことばに大略次のようなものがある。
「何が天下の害かといえば、国と国とが攻めあい、家と家とが奪いあい、人と人とが殺しあうことである。この害は何から生ずるかといえば、互いに愛しあわないことから起こる。自国を愛することを知って他国を愛さない。自分の家を愛することを知って他家を愛さない。わが身を愛することを知って他人を愛さない。そのようにしてお互いに愛しあわないと、強い者が弱い者をとらえ、冨者は貧者を侮り、貴き者は賤しき者におごり、奸智にたけた者は愚者を欺くだろう。およそ天下の禍害怨恨の起こるもとは愛しあわないことから生じる。だから愛しあい。利しあうことが大切である」」(38頁)

「徳川家康は、主君に対する諫言は一番槍よりも値打ちがあるといっている。一番槍は昔の武士のとって最高の名誉とされたが、それ以上の価値があるというわけである。いいかえれば、諫言というものは、それほど貴重でかつむずかしいものだということになる。」(43頁)

「何か失敗したり、問題が起こったりすると、だれでもその原因をとかく外に求めがちである。だれが悪い、彼が悪い、あるいは社会が悪い、運が悪いといった具合である。しかし、実際は、ほとんどの場合失敗の原因は自分にあると思う。事前に十分な計画を立て、行う過程でも慎重な配慮を怠らなければ、たいていのことはうまくいくものである。」(56頁)

「(だから、)いくら地位が上がっても、謙虚さを失ってはいけないと思う。というより、むしろ地位が上がれば上がるほど、ますます謙虚にへりくだるという面が必要ではないかと思う。そうすれば、「あの人はああいう高い地位にありながら、少しも尊大なところがない。きわめて丁重だ。偉い人だ」ということで、人びとも心から敬服するようになるだろう。またそういう態度でいれば、おのずと人の意見にも耳を傾けるようになって、衆知が集まってくるということにもなると思う。」(59頁)

「たとえ温泉につかっていても、心の方は、政治家なら政治のことを、経営者であるなら経営のことを、どこかしらで考えているということが大切だと思う。そうであれば、アルキメデスのごとく、お湯のあふれる姿からも何かヒントを得ることにもなってこよう。」(71頁)

「(だから)何ごとによらず、志を立てて事を始めたら、少々うまくいかないとか、失敗したというようなことで簡単に諦めてしまってはいけないと思う。一度や二度の失敗でくじけたり諦めるというような心弱いことでは、ほんとうにものごとをなしとげていくことはできない。世の中はつねに変化し、流動しているものである。ひとたびは失敗し、志を得なくても、それにめげず、辛抱強く地道な努力を重ねていくうちに、周囲の情勢が有利に展開して、新たな道がひらけてくることもあるであろう。世にいう失敗の多くは、成功するまでに諦めてしまうところに原因があるように思われる。」(75頁)

「(もともと)西郷隆盛は、だれもがひきつけられるような偉大な人格者だったといわれており、したがって自分が大将になっても不思議ではない人だと思う。それが、あえて自分は下につくというのだから、みなもそれに従わざるを得ない。それで事がスムーズに運ぶ。明治維新は、見方によると西郷隆盛を中心にして進んでいったともいわれるが、それはその大きな人柄と私心のなさがそうせしめたものだといえよう。」(79頁)

「(その)曾参の有名なことばに次のようなものがある。
「私は、毎日三つのことについて、みずから反省している。第一は、人のために考え行動しながら、かえって忠実さを欠くことはなかったか、第二は、友人との交際で信義を欠くことはなかったか、第三には、学んでもいない、自分でもよくわかっていないことを人に教えたりしなかったか、ということだ」」(86頁)

「たとえば事業経営においても、事業というものは儲かる時もあれば損をする時もあるのだという考え方がある。そういうことも一面考えられるけれども、しかしほんとうは、正しいやり方で経営を行い、正しい努力をしていれば、世の中の好不況などにかかわらず、終始一貫適正な利益をあげつつ発展していくものだと思う。それがうまくいかない、損をするというのは、事業観にあやまりがあるか、経営の手法が当を得ていないか、なすべき努力を怠っているか、そのいずれかである場合がほとんどではないだろうか。」(99頁)

「(まして)今日の社会は戦国時代とは比較にならないほど複雑多岐にわたっている。それだけ多種多様な人が求められているといえよう。したがって、今日の指導者は(堀)秀政以上に、いろいろな人を求めることに意を用いなくてはならない。無用の人は一人もいない。そういう考えに立ってすべての人を生かしていくことがきわめて大事だと思う。」(109頁)

「(結局、)誠実な人はありのままの自分というものをさらけだしているから、心にやましいところがない。心にやましいことがなければ、よけいな心配をしたり、恐れたりすることなく、いつも正々堂々と生きることができる。それを、自分をよく見られたい、よく見られようなどと考えて、かれこれ作為をすれば、その作為のためにいらざる気を使うということにもなろうし、そのことが一種のうしろめたさともなって、力強い信念に満ちた行動もできにくいだろう。」(111頁)

「一国の首相であれば国民のために、会社の社長であれば社員のために、さらには一つの部や課の長であればその部下のために、大事に際しては自分の命も捨てるのだというほどの責任者としての心意気を持たなければならない。そういうものがあれば、部下のほうも、長を死なせてはならないということで、長をもりたて、一致団結して事にあたるようになるだろう。」(113頁)

「実際、人民が政治に関心を持ち、君主なり政治家の存在を意識するのは、政治に問題があり、安心して暮らせない時であろう。政治が悪ければ悪いほど、政治に関する関心は高まらざるを得ない。もちろん、君主が政治を行う場合と、今日の主権在民の時代の政治とをそのまま同日には論じられないが、やはり、人びとが安心して自分の仕事、自分の生活に打ち込めるようにすることが大事なのは昔も今も変わらないと思う。そして、これは政治だけではなく、すべての指導者が心がけねばならないことである。」(123頁)

「信長にかぎらず、また日本だけでなく、古来名将といわれるような人は、合戦にあたっては必ず大義名分を明らかにしたといわれる。「この戦いは決してわれわれの私的な意欲のためにやるのではない。世のため人のため、こういう大きな目的のためにやるのだ」ということをはっきりと示し、人びとの支持を求め、部下を励ましたのである。いかに大軍を擁しても、正義なき戦いは人びとの支持を得られず、長きにわたる成果は得られないからであろう。」(129頁)

「実際のところ、形の上では一般に指導者が人を使って仕事をしているように見えるが、見方によっては指導者のほうが使われているのだともいえる。だから、口では「ああせい、こうせい」と命令しても、心の奥底では、「頼みます」「お願いします」さらには「祈ります」という気持ちを持つことが大事だと思う。そういうものを持たずして、ただ命令しさえすれば人は動くと思ったら大変なまちがいである。こうした心境があって、はじめて部下に選ばれる大将になり得るのである。」(145頁)

「(それとともにまた、)指導者みずからがはたして適材であるかどうか、自分より以上の適材はいないかということもたえず自問自答しなくてはならない。一兵卒が適材適所を欠いたとしても影響するところは小さいが、大将が適材でなかったら、これは全軍の敗戦ということになってしまう。そのような意味において、指導者はつねに自他ともの適材適所ということを考えることが大切だといえよう。」(147頁)

「指導者はそのことをよく知らなくてはいけないと思う。何事も天下のもの、公のものなのであり、したがって自分のなすところは本質的にはいわば公事である。この自覚が大切だと思う。」(151頁)

「天地自然の理にしたがうということは、平たくいえば、あたり前のことをあたり前にやるということである。卑近な例でいうと、”雨が降れば傘をさす”というようなものではないかと思う。雨が降っても、傘があればぬれずにすむ。きわめてあたり前のことである。そのあたり前のことを怠りなくやっていれば、失敗は少なくなり、成功、発展の道を歩むことができる。」(153頁)

「人間は自分の考え、意思だけで事をなしていたのでは、いかにそれが正しいことでも、周囲の情勢などによって動揺したり、迷ったりしがちである。しかし、自分がこれをやっているのは、一面自分の意思でやったことだが、それだけではない、大きな運命のめぐりあわせによってそうなったのだ、だからこれはいわば自分の天命だと考えるならば、そこに一つの安心感が湧き、少々のことでは動じない度胸といったものも生じてくるのではないかと思う。」(155頁)

「いかにすぐれた人でも自分一人でできることはわずかにすぎない。だから人を使うことのできない人は、しょせんは指導者として大事をなせない人である。人を用い、人の言に耳を傾けてこそ、はじめて自分の力を超えた大きなことができる道がひらけてくる。力ある者ほど自己の力を過信しやすく、人が使えない場合が少なくない。心したいことである。」(183頁)

「(つまり、)命令というのものは、受ける側にそれを遂行しようという強い気持ちを起こさせることによってはじめて、生きてくるものである。だから、指導者は相手を考えつつ、効果的に命令することを考えなくてはならない。
 一般的にいえば、上の立場の者は単に命令するよりも、相談的に相手の納得を得つつ自分の意図するところを遂行してもらうという方がうまくいく場合が多い。単に命これに従うというより、自主性を持って行うようになるからである。」(209頁)


長文になりましたが、松下翁がどれほど深く広く、学習されたかがわかる1冊です。
参照図書も多く紹介されていますが、どれほど現代手に入るかはわかりません。
でもそれを参考に自分なりに学習はできると思います。


指導者の条件/松下 幸之助

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