著者:桜林美佐
発行:並木書房 / 2008年9月 / 単行本
ジャンル:海上自衛隊、海上保安庁、掃海艇、ルポタージュ
自衛隊の保有する掃海艇の技術は世界トップレベルです。
そしてその悲しい歴史は、終戦というその日から幕開けしました。
戦争は終わった、そう日本中が安堵した瞬間、海の男たちの新たな戦いが始まったのです。
実際の日本史の中で、掃海という行動は近代的な機雷戦が展開された、日露戦争の頃から始まったとされています。
本書では現有の自衛隊の掃海部隊をテーマにしているため、帝国海軍の掃海活動については特に触れられていません。
<目次>
はじめに
1 対日飢餓作戦
2 充員招集
3 モルモット船
4 海上保安庁誕生の背景
5 悲しみと喜びと
6 朝鮮戦争への道
7 指揮官の長い夜
8 特別掃海隊出動!
9 朝鮮戦争の真実
10 忘れえぬ男
11 海上自衛隊誕生前夜
12 水中処分員の仕事とは?
13 漁業と掃海
14 遥かペルシャ湾へ!
15 最後の木造掃海艇
あとがきにかえて 掃海部隊の残したもの
気になった箇所のご紹介です。
「大都市の空襲が一段落した昭和二十年三月二十七日から米軍は、関門海峡・広島湾を皮切りに、終戦までの五ヶ月に一万千二百七十七個の機雷を敷設し、海上輸送を遮断した。「対日飢餓作戦」と呼ばれたこの作戦を、今、日本で知る人は少ない。」(2頁)
「「対日飢餓作戦」があと一年続けば、当時の国民の一割、七百万人が餓死すると言われていたのだ。」(4頁)
「原爆が落ちるより以前に、機雷によってすでに日本は敗れていたのである。この「海上封鎖」の恐ろしさを忘れさせるためにも、原爆の力は大きかった。そして戦争は終わる。」(18頁)
「(つまり、)機雷を探し、処分するという作業に何ら変わりはないのだが、昨日までは「戦争目的遂行のための掃海」であったものを、今日からは「祖国再建のための掃海」へと百八十度転換しなければならず、これは今まで以上に強い意志を必要とするのであった。「本格的な掃海隊員の仕事」をするための「覚悟」とは、もしそれで死んでも「戦死」という名誉は与えられないということを意味していた。」(22頁)
「(ところで、)この頃、米軍兵士もこの航路啓開の掃海作業にあたっていたことはあまり知られていない。」(27頁)
「海で何らかの事故が起きた場合、海上保安庁や消防、警察で間に合わない場合は、必ず海上自衛隊の掃海部隊に救援を求めるのが通例だという。機雷を掃海する人たちが、今でも数々の海難事故に対峙していることは、あまり知られていない。」(32頁)
「多くの日本人が、自己の幸福のみを追求し始めた時代、ひたすら機雷原の上を走り続けた試航船とその乗組員たち。(中略)ただ一途に、ただ明日の日本のために、危険覚悟の「海の大掃除」に乗り出したのだ。」(61頁)
「引き上げ輸送が行われるようになり、シベリア抑留者の中には革命教育を受け、日本赤化のため帰国させられた者も多く含まれていた。」(63頁)
「(これと同様に、)戦後、船舶の触雷事故は後を絶たなかった。しかし、それらの事実はほとんど大きく報じられることがなかったのだ。なぜか。理由は、米軍による対日機雷敷設行為が国際条約に違反していたからである。(中略)日本が機雷により八方ふさがりになり、掃海作業に奔走していたその頃、極東国際軍事裁判いわゆる「東京裁判」が行われ、日本の「国際法違反」が厳しく問われていたこともあり、GHQが必死で、この機雷による事故を秘匿したのは当然であろう。」(74頁)
「ソ連の狙いは何か。日本である。日本を狙うがために釜山を占領する。ここが共産主義の手に落ちれば、日本にとって、また米国にとっても最大の驚異となるのだ。ソ連は終戦間際、北海道の分割占領を狙っていたものの、これに失敗。ならば朝鮮半島から、ということなのだ。いずれにせよ、あらゆる手を尽くし、米国の太平洋戦略最大の要塞である日本へ近づくことを狙ったのは、確かなのだ。」
→特に触れられていませんが、帝国海軍が日清戦争に続き日露戦争に勝利したことは、大国ロシア(ソ連)にとって、今も近代史における「汚点」となっているのでしょう。
「「対日飢餓作戦」の事実を多くの人に知ってもらおうとしたのは、米国を非難するための試みではない。「戦争という歴史に学ぶこと」とは、いたずらに敵の行為を責めたり、あるいは自国の行いや当時の指導者を蔑んだりすることだけなのだろうか。」(101頁)
「掃海艇は十数人の乗組員しかいない小さな所帯であり、とりわけチームワークを必要とする職場である。部下の気持ち、体調、家族のこと、さまざまに思いを致すことは指揮官として欠かせないことなのだ。」(121頁)
「日本の掃海艇によって一度掃海された区域は、他の掃海艇によるやり直しの必要はなかった。国連軍の掃海は、とてもそうは言えなかったというから、いかに日本の掃海部隊が訓練され、また誠実に取り組んでいたかがわかる。」(146頁)
「(つまり、)どんなに頑張っても、そこに機雷がある限り触雷を避ける完全な方法はないのだ。」(171頁)
「(ゆえに、)仮に神社として「この人をお祀りしたい」と考えたとしても、国がそれと認定しない限り、勝手にはできないというのが靖国神社の立場なのである。」(195頁)
→逆説的になりますが、国民の代表である国会議員が参拝する意義はここにある、と考えています。
「今こそ、日本は、国のために命を落とした場合の、国としての処遇(それは遺族に対しての補償という問題だけではない、顕彰という意味での)を、はっきりとさせるべきであろう。」(199頁)
「昭和二十六年三月三十一日、対日講和条約草案が示された。それは、外務省などが予想したよりも遥かに日本に有利なものであった。(中略)日本の掃海部隊の活躍が、サンフランシスコ講和条約を想像以上に有利に運ばせたことは間違いないと言える。」(203頁)
→既出ですが、朝鮮戦争に於ける、日本の掃海部隊の活躍、ということを補足しておきます。
「EOD員が機雷を処理し、一刻も早くその場を離れるために猛スピードで泳いでいる訓練の姿を見た時は驚いた。数々の護衛艦や航空機などの、最新鋭の装備を誇る海上自衛隊において、最小にして最強の戦力は「人」であったのだと教えられた気がしたからだ。」(222頁)
→EOD:Explosive Ordnance Disposal / 爆発性武器処分(221頁)
「毎日続く訓練が、一体何のためなのか、誰のためなのか、どこで感謝してもらえるのかがはっきりしないのは、いくら頑強な彼らにとっても辛い。しかし、こうした国際貢献の活動に貢献することで、それまでひたむきにやってきたことの意味が明確になったのだ。」(228頁)
→国際貢献:湾岸戦争直後の、自衛隊掃海部隊のペルシャ湾派遣(1991年)を指しています。
「EOD員には頭の回転も求められる。しかし、三十メートルも潜ればまったく「馬鹿」になってしまうというほど、水中では思考能力が低下するのだ。そのため、陸上でとことんミーティングをすることが肝要となる。」(230頁)
「各国のEOD員はまず知識から入り、潜るのはあくまでも手段でしかないが、日本人は、機雷や爆発物などをなるべく発見しやすくするため、海をなるべく濁さないよう、きめ細かい神経を使い、水の中で作業をするという。精神を研ぎ澄まし、気高く、美しく、黒いウエットスーツに全身を包んだ屈強なその姿からはとても想像つかないが、洗練された彼らの心の中は、海のように青く透明なのだ。」(232頁)
「その四十人の人生、家族、恋人、忠誠心・・・、そんなこと全てを重ね合わせたら、彼らを失った時の損失はあまりにも大きい。何億円あっても足りないのだ。一人一人が紛れもなく、この国の誰かにとって最も大切な人であり、またこの国の宝なのだ。それを死んだ時に出る金がいくらか、などと画策していることそれ自体が虚しくもなる。」(258頁)
「繰り返しになるが、自衛官はその担う任務に命を縣けるのである。それなのに「憲法違反」と言われて死んでいく、その悲劇を、我々はあの朝鮮特別掃海隊派遣の際にすでに経験しているのである。あれから四十年以上が過ぎたこのペルシャ湾派遣でも、そしてペルシャ湾から二十年近く経った現在に至っても、何も変わっていないということは、政治の怠慢と言う以外ない。」(260頁)
→この書の発行は2008年です。
「(そして、)送り出す妻にとっては、夫のため子供のためにも簡単に弱音は吐けない。歯をくいしばるのは現場の隊員だけではない、妻たちも同じなのだ。」(264頁)
「中東から日本に向かうタンカーの通り道であるペルシャ湾の機雷を除去し、安全な環境をつくることが、日本のためでなくて何であろう。日本の生命の源を運ぶ彼らを、不安な海で航行させてはなるものか。彼ら掃海部隊の隊員たちは、はっきりとその目的を認識したのである。日本のシーレーンを守ることは、そのまま日本を守ることでもあるのだ、と。」(274頁)
「「EODが潜って機雷の種類を確認し、状況により爆破作業もする」(中略)情報を持たない「遅れてきた海軍」の「遅れている装備」では、結局、人が努力するしかなかったのだ。」(288頁)
→これもペルシャ湾での自衛隊掃海艇の実情でした。(※引用は原文そのままにしています)
「バーレーンは、日本の企業や金融機関が多く進出していたが、湾岸戦争が始まって以来、中東の地には、各国が軍隊を次々に派遣したにもかかわらず、日本からの派遣がなかったことから、何もしない国、日本への信用は急激に崩れ、日本企業には商談も持ち込まれなくなるという厳しい現実の中にいたのだ。肩身の狭い思いをしてきたバーレーン駐在の人々にとって、掃海部隊は救世主のようだった。」(295頁)
「思い出して欲しい。戦後、掃海部隊が必死に取り組んだ相手は、米軍によってばら撒かれた機雷と、そして「自国防護のため」の機雷であったということを。現在、「専守防衛」を謳うわが国にとって、敵の侵攻から国民を守る装備は不可欠だ。ところが、その当事者である国民の多くが、対人地雷もクラスター弾も、そんな物騒な物を日本は持つべきでないという風潮である。これは、つまり「人の命は地球より重い」と言っておきながら、有事には何の備えもせず、みすみす国民を見殺しにして良いと言っているようなもので、矛盾以外のなにものでもない。」(319頁)
著者の文章はたいへん男性的だと思うのですが、やはり男性に比べて「感情」が前面に出る箇所もあることは読み進めて感じました。
最後に引用した箇所も含め、完全に同意ということではありませんが、「敵から侵攻されないために必要な装備」というものはあると思いますし、必要だと思います。
新聞やメディアで目まぐるしく流れていくニュースの殆どは、振り返られることもまとめられることもありません。ジャーナリストという肩書きを持つ方の役割というのは、世に必要とされるこのようなレポートを、埋もれることなく世に出し続けてくれることなのだと思います。
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