発行:東京書籍 / 2009年 / 単行本
ジャンル:エッセイ
朝日新聞や雑誌に収録したものに加え、書き下ろしを加えたエッセイ集。
短編小説も少しあります。
「ピーナツ・バター」は基本的に好きではないのですが、このタイトルには思わずやられた、と叫びたくなるのを抑えて、手に取ってみました。
<目次>
旅と小説はどのように関係しあうのか
瀬戸の潮風、うどんの香り
アイスクリームには謎がある
天麩羅蕎麦はこうして生まれた
『草枕』のような旅を
サンエツ、ニシタケ、コダワラの女たち
猫が階段で寝ている
猫のことを書くなら
ピーナツ・バターで始める朝
ハワイの田舎町を訪ね歩く
今日も小田原線に乗る
商店街が終わって三叉路になるところ
本を三冊買う
真夏のシャーロック・ホームズ
僕はチェリーを忘れてた
後悔くらいしてみたい
手帳が溜息をつく
虚ろな内側をよく見ておきなさい
この世の果てで、ごめんなさい
『路上にて』を買いそこなう
一九四五年秋、民主主義の始まり
明日への希望は社会の財産
母の三原則
白い縫いぐるみの兎
一冊の小説を読む途中
読みそこなったいくつかの物語
「ザ・トーキョー・ブルース」に重なる「東京ブルース」
上を向いてスキヤキ
青空とカレーライス
時の過ぎゆくままに
砂浜に書いた愛の文字
引きずる人は叱られた
ナポリへの道はまだ続く
細切りにしたジャガイモのから揚げ
本が僕に向かって旅をする
水鉄砲を買う人
タイム・トラヴェルでどこへいこうか
偶然の成りゆき、という題名
トイレット・ボウルにおける挫折
金魚と散歩だ
鉛筆を削って叱られた
鉛筆を削るとき
万年筆で書く
あとがき
目次だけで十分に、作品の魅力が伝わるのが片岡氏の作品ですが、
気になった個所をいくつかご紹介します。
「アイスクリームはけっして単純なものではない。アイスクリームを食べるとき、食べる当人の胸のうちに喚起される心理の幅は広く、奥行きは深く、そこには複雑な襞(ひだ)が重なり合い、ぜんたいとしてのニュアンスは陰影に富んでいる。(中略) 他に言いようがないから、食べる、という言葉を使うけれど、アイスクリームにはこの言葉はふさわしくない、と僕は感じる。口に入れたその瞬間から、アイスクリームの複雑な奥行きが全身全霊に広がり浸透していく。こういうものを口の中に入れる行為を、食べる、という言葉でまかなうには、基本的なところで無理がある。」(21頁)
→もう笑うしかない、片岡流アイスクリーム理論。
「夏目漱石の小説が中学や高校で必読書のように推薦されていたり、教科書に短く抜粋されているのが、僕には不思議でならない。中学生や高校生が読んでも、言葉を順にたどっていくだけで精いっぱいであり、それ以外の受け止め方はできないだろう」(25頁)
→同感です。
「今日もまた平凡な一日の始まりに、あるいはそのような一日のなかば、午後の曖昧な時間、ちょっとお腹がすいたときに食べるものとして、ピーナツ・バターはスタンダードの一つだ。」(41頁)
→この先はお腹がすいた時に読みましょう。
「なぜ三冊なのか。いろんな意味で三冊がちょうどいいからだ。買った後に自宅に帰るまで持って歩くことになるが、三冊なら邪魔にならないし重くもない。百円の本を三冊、ということはめったにないが、どんなに高くても一万円を超えることは珍しい、という範囲に収まる」(56頁)
「この三冊が、いったいなぜ、どのような理由で結びつくのか。そう思いながらその三冊を眺めると、そこには他の誰でもないこの自分がいることに気づく。自分という一人の人に棚から抜き出されることによって、その三冊は結びついている。自分とは、ピン・ポイントによる一例として、この三冊のような人なのかという問いには、そうです、としか答えようがない。」(57頁)
「従来どおりの女と、従来などまったく関係ない女とのあいだに、明確に引かれた一線を想定するなら、女優、吉永小百合は、その線の上にいた。それまで綿々と継承されてきた日常の中の女というものに対して、経済の高度成長期にあった日本の大衆は、縁を切りたい気持ちを相当強く持っていたのではないか。スクリーンの上の吉永小百合を僕が評価するとき、もっとも高く評価するのは、従来どおりの女はそこにはいない、という事実だ。」(97頁)
「人生の原則とは、母親がもっとも頻繁に口にしていた、「かまへん、かまへん」「あほくさ」、そして「やめとき、やめとき」の、三つだ。これを僕は「母の三原則」と呼んでいる。」(100頁)
→東京とハワイという強いイメージに支えられた片岡氏の根底に、関西弁を話すお母様の存在があったとは、大変驚きです。そしてその事実は、この本に出会うまで、まったく知らなかったことです。
このエッセイ集に収録された、たった3ページの小説「トイレット・ボウルにおける挫折」。その最後に書かれた詩がいかにも片岡氏であり、とても素敵だなと感じました。
また、片岡氏は2004年に、同じ東京書籍から、『吉永小百合の映画』という本を出しています。東京書籍のWEBサイトから引用します。
「1958年の幻のデビュー作から1962年の代表作「キューポラのある街」まで,片岡義男が黄金期の吉永小百合の全作品28本を徹底究明。信じられないくらい可憐で活発な日本人の永遠のアイドルの魅力に迫る労作。」
吉永小百合の映画/片岡 義男

¥1,680
Amazon.co.jp
ピーナツ・バターで始める朝/片岡 義男

¥1,365
Amazon.co.jp