こんにちはむらさき音符

秋の空気が気持ち良くなってきましたね紅葉
今日はキンモクセイの香りがとても強く香ってきました。大好きな香りですおねがいハート
匂いを嗅ぎたくって、家の玄関の前まで少しだけ出て、沢山深呼吸しました。


呼吸は唯一自分で自律神経を整えることが出来る手段キラキラ
私は交感神経が強くなりすぎる傾向があると思っているので、吐く時間を長くして、1:2位の割合で吐くことを意識して深呼吸するようにしていますジンジャーブレッドマンハート


さて、本題ピンク薔薇
私は今自宅で療養生活を送っていますが、
痛みの症状は全然改善がみられません。
何がボトルネックになっているのか...沢山考え、思い当たるものは改善を試みてきました。
しかし、なかなかヒットしない宇宙人くん


ただ、心の底に、ずっと気になっている事があります。


私は家にいても、ずっと緊張していたり、ストレスを感じているということ。
休んでいるようで、実際は心は全然休めていない。


理由は家族との関係ですショボーン
母が近くにいると私はいつも無意識に緊張してしまいます。母がイライラしている空気を感じると、母の感情が自分の中にも入ってきて、私も不安定になってしまいますぐすん母と父が喧嘩しているところを見るのもすごく嫌です。母や弟の感情が不安定になっているところを見ると、自分も体調が悪くなってしまいます。などなど。
そして、前回の記事で書きましたが、家族に精神的に頼れない。しかし家族と一緒に住んでいるからこそ、頼りたいのに頼れないという場面に毎日直面して、その都度イラだってしまう自分がいます。

しばらく家族と離れて暮らしたい。それがまず一つ目の希望です。


二つ目は、自然が豊かな場所に身を置きたいということ。

本能なのでしょうか、自然の中で過ごしたいという思いが病気になりはじめた初期からうっすらとあり、最近それがとても強くなっているのを感じます。森林の中を歩いたり、渓谷など水が流れているところで少し水に触れたり、ゆっくり座ってただぼーっとしたり、本をよんだり、絵を書いたりして時間を過ごしてみたい。
試しに、体調の良い時に電車に乗って遠くの渓谷や海などに行ってみたりすると、こういう場所が家を出たらすぐにあるようなところに住んだら、すごく癒されて身体が治ったりするんじゃないかなぁと思います。(もちろん近所の公園に行ったりもしていますクローバー)


じゃあ、田舎の山の中に部屋を借りて、一人暮らしをすれば良いじゃないか。と、普通の人は言うと思いますが、
今の私の身体では日々の家事を一人で全て行なう事が出来ず、誰かのサポートが必要です。
また車を運転したり山の中を長時間歩いたりする事が出来ないので、森の中に建っている家に住むというのは、日常生活を送る上で無理がありますショボーン


どうしたら良いんだろう...
1番現実的な選択肢としては、実家の近くに家を借りて、家族の物理的なサポートを受けながら、でも今よりは距離を置いて生活すること。
でも、私の実家は埼玉の普通の街中なので、その場合は自然の中に住みたいという願いは叶えられません。なので、自然を感じたい時は、電車に乗って、自然があるところに頻繁に出かける...そういう方法しか無いかな...そう思って、一人暮らしをする部屋を探したりしていました。


そして最近思いついたのが、
私のような慢性状態の病気の人が、大自然の中でゆっくり療養生活を送れる、静養・療養のための病院や施設って無いのかな?ということ。

もしそういうのがあれば、すごく良いドキドキ!!

でも、そういうのって、どうやって調べたら良いんだろう?

誰に聞いたら良いのか、
どうやって調べたら良いのか分からず、

とりあえず、自分でネットで検索をしたり、心療内科の先生やカウンセラーの先生に聞いてみたりしてみました。

しかし、全然良い施設が見つかりません....えーん
ネットで検索してみたところ、近いような施設はありました。
でも、私のイメージにぴったりくるものがなかなか見つかりません。


私が今まで調べたキーワードとしては、
日本ストレスケア病棟研究会の所属病院
心身症 療養 自然 施設 などで検索
森林セラピーソサエティ 認定の森
温泉利用型 健康増進施設
などのキーワードで、調べました。

あったとしても、一般的なストレスケア病棟だと自然が少なかったり、自然の立地が良いところだと入院費用がめちゃくちゃ高かったり、民間の施設だとちょっと宗教っぽかったり...。


調べても上手く見つけられず、

一人でずっとネットで検索していると、
広い海の中を、あるのか無いのか定かで無いものを探して漂っているような、途方もない気持ちになってきて、
自分が何を探しているのか、
そもそも今やろうとしていることは正しいのか自信も無くなってきてしまいますえーん


様々な病気で、私と同じようなニーズの施設を必要としている人って、
世の中に絶対沢山いると思うんです。
なのにそういう感覚は今の日本ではあまりメジャーでは無いようで...ぐすん


精神病棟のような閉鎖的なイメージではなくて、
自由に穏やかに、
豊かな自然の中で、
療養生活を送る事が出来る施設、

どなたかご存知ないでしょうか

もしそういう施設を知っている方や、
こんな風に調べたら良いよ、とか、
こんな制度が使えるよ、とか、
お金の面でこんな補助が使えるよ、とか、
何か関連する知識や経験がある方
いらっしゃったら教えてほしいですビックリマーク

ブログを始めて、始めてコメント欄を解放します。怖いですが、頑張って少し開いてみたいと思います。

どうぞよろしくお願い致しますえーんえーんえーん


#森林浴 #森林セラピー #森林療法 #療養 #ストレスケア病棟 #ストレスケア入院 #静養

家族といるのに、孤独① のつづきですニコニコ


私は自分の中にある、恐怖や悲しみの感情を、
誰かに話して、共感してもらって、受け止めてもらいたいという、欲求ではち切れそうになっているのだと思います爆弾爆弾爆弾
砂漠の灼熱の太陽の下、喉がカラカラになってコップ一杯の水を求めるように、
永遠に続くかのような暗闇の中を一人ぼっちで彷徨い続け、せめて1本の蝋燭の灯を求めるように、

渇望している。




それは決して、自分が嘔吐したものを他人に投げつけるような、乱暴な事をしたい訳ではありません。
他人を自分の感情のゴミ箱として使ってはいけない。それは、私が母からされ続けたとても辛いことであり、自分は決して同じことをする人間にはなるまいと、昔から思っていることです。


ただ、何か辛い事があったとき、
何か悲しい気持ちになったときに、
気兼ねなく誰かにその気持ちを話すことが出来たら。
そしてそれを、その人が共感して、ただただ受け止めてくれたら。


素直に感情を表現してもよいという安心感を感じられたら。
誰かが一緒に泣いて、一緒に怒って、
一緒に乗り越えてくれたら。
そして、どんな時も、味方でいてくれたら。
本当に心が安定すると思います。


もちろん、私がどんなに荒れて乱暴な言葉を使っても、忙しくても夜遅くても、必ず話を聞いて味方でいてくれと、そんな我儘を言っている訳ではありませんえーん

誰かに依存したいと言っている訳でもありません。自分の力で頑張ります。努力します。
でも、どうしても辛いときに、ただ、話を聞いて、共感して欲しいのです。
共感して、慰めて、抱きしめてくれる人がいたら、どんなに幸せだろう。


そうすれば、私は心の底の扉を開けて、
自分の中に閉じ込めている感情と安心して向き合い、その感情に殺されそうになっても、踏ん張ってなんとか折り合いをつけ、感情を昇華させ、自分の外へ解放することが出来るような気がするのです。


そのように、精神的に安心して、寄りかかっても良い存在。
しかし私の場合、それを家族に求めてはいけない。
私の家族は、そのような接し方はできない。
でも、そうしてもらえない事を責めてはいけない。そう思っているのです。

だから私は家にいる時も、けっして心の底の扉を開けないように注意して過ごしています。


でも、辛い事があったとき、
悲しいことがあったときに、
1番近くにいる家族に頼りたいと、心によぎってしまうのです。

こんなに人が近くで暮らしているのに、
心の拠り所としてはいけない。

悲しい事があっても、精神的に寄りかかってはいけない。

目の前に人がいるのに。


家族と一緒に暮らしているからこそ、
家族が目の前にいるからこそ、
その人たちに頼れないという事実がより際立ち、

家族に囲まれているのに、孤独感を

いつも感じてしまうのですショボーン
かなり久しぶりにブログを書きますうーんあせる

自分の心の中でどうしても消化しきれない気持ち

文章にアウトプットしてみたらスッキリするかもしれないと思い
書いてみることにしますジンジャーブレッドマンハート


今1番辛いと感じること
それは、家族に精神的に頼る事が出来ないということです。
同じ家に4人で住んでいて、自分の他に3人も人がいるのに、とても孤独を感じますショボーン


私は今、病気のため仕事を辞めざるを得なくなり、実家で自宅療養の日々を送っています。

もちろん線維筋痛症の専門の主治医の先生の指導のもと、西洋医学的な観点から様々な薬物療法を行なっています。
心療内科の先生にもかかっています。
カウンセリングにも通っています。
カイロプラティックや整体などで体のバランスを整えたり、漢方や鍼灸などの東洋医学にもチャレンジしたりしています。

でも、なかなか痛みが改善しない。
いや、無くならないどころか、痛みを感じる部分が.....増えているのです。
毎日の生活にかかる制限は更に増え、
今まで出来ていた数少ないストレス解消法も出来なくなる。


出来ることがどんどんと奪われていく恐怖。
これからもっと痛い部分が増えていってしまったらどうしよう。
こんなに頑張っているのに、なぜ。





不安、恐怖、怖れ、焦り、怒り、怨み、
悲しみ、絶望、



そういった感情が、多分私の中にはあるはずなのですが、
でも、私はそういった感情に蓋をして、
心の奥底に閉まってしまっているような感覚があります。


病気になって、
そういう風に自分の感情を押し殺してはいけないという事を学び、
自分の心の声、身体の声を聞こうと努力し、
なるべく一人で抱え込まないで人に相談出来る様になれるよう努力したりと、

仕事をしていた頃に比べれば、かなり改善されてきていると思います。


でも、やっぱりまだ心の奥底に、
蓋があって、
自分の1番素直な感情や
悲しみ、恐怖、焦り、不安、絶望....が
心の表面に浮上してこないようにしています。


それは何故かというと
そういった感情を心の表面に浮上させ
それらの感情と正面から向き合うと、
あまりにも辛く、心が壊れそうになったり、
辛い感情に連鎖して体の痛みが強くなってしまったり、体調を崩してしまうからです。

感情を表現して、自分の外へ昇華させる事が出来れば。
心の痛みがなくなり、気持ちが安定し、安心出来れば。
それによって身体の痛みも無くなると思うのですが、

中途半端に負の感情と向き合い、
それが外へ出ていくことが出来ず、心の中で暴れてしまうと、
身体が痛み、必死で保っているバランスが崩れてしまうのです。


実際、何度か蓋を開けて向き合おうとした事があるのですが、ものすごく体調が悪くなり、自分を守るために、途中で断念しました。


心の奥に閉まってあるものの力が大きい事が分かっているからこそ、
不用意にその蓋を開ける事が出来ないのです。


本当は、素直にその蓋を開けたい。
開けて、開放して、昇華させて、楽になりたい。

でも心の檻の中に閉じ込めている猛獣の力があまりにも強すぎて、その鍵を開けてしまったが最後、私はその感情に負けて、殺されてしまうかもしれない。それが怖くて、蓋を開けきる事が出来ないのです。


毎日の日々は、その蓋から少し漏れ出てきた部分や、単発的に感じた感情に対して
ケアをする事は出来ています。
つまり爆発しないようには自分の心をケアしています。


でも本当は、その心の奥底の扉を開けないといけない。その扉を開けないから、いつまで経っても私の体が治らないのではないかと、最近感じます。逆に言えば、その扉を開ける事が出来れば、身体も治るのではないかと思うのです。


扉を開けたい。楽になりたい。
素直に感情を表現したい。
素直に落ち込んだり、悲しんだり、
辛いと声に出して伝えたい。
素直に泣いたり、
素直に恐いとか、悲しいとか、辛いって言いたい。感情を表に出したい。

周囲を気にせず、辛いってわんわん泣きたい。
周囲を気にせず、落ち込んで何も手につかなくなりたい。
誰かに、恐い、辛い、悲しいって、話を聞いてもらいたい。

誰かの前で、何も気にせずに、泣きたい。
誰かの前で、何も考えずに、辛いって、悲しいって、叫びたい。


でも私は家族の前でそれをする事が出来ないのです。一緒に住んでいて、毎日顔を合わせて、話しているのに。


長くなったので、ここで一度記事を分けます。


同じようなことを何度も書いてしまってすみません。簡潔に書こうと思えば、3分の1くらいに省略出来る文章ですねえーん