2度もアメリカの危機に必要とされた歌手
クルマで会社へ向かう中、ラジオを聴いていた。 亡くなったホイットニー・ヒューストンに関する話題が流れる。昔、よく聴いたな~。 ラジオでは、彼女が「The Voice」と呼ばれていたことや、スーパーボウルでの国歌斉唱が伝説的だったと言っている。あれだけの歌手だもの、あの歌唱力だもの、そりゃ、そうだろうなと思いながら、その伝説の国歌斉唱を聴いてみたくなった。Youtubeで探したらあった。確かに素晴らしい。でも、、、、、。 なぜホイットニー・ヒューストンのスーパーボウルでの国歌斉唱が伝説になるほど人々に受け入れられたのか。Youtubeで見ると確かにそのパフォーマンスは素晴らしい。でも何か、もう一つ納得感が得られない。そこで、当時の時代背景なども少し調べてみることにした。
この第25回スーパーボウルが行われたのは1991年1月27日のこと。実は、前年の1990年8月2日には、サダム・フセインのイラクがクウェート侵攻を開始している。8月8日にはクウェート併合を勝手に発表。そこで、アメリカを中心とした多国籍軍が結成され、1991年1月17日には多国籍軍によるイラクへの空爆が開始。いわゆる湾岸戦争へ突入だ。
この緊迫のイラク空爆から、ほんの10日後に開催されたのが第25回スーパーボウル。湾岸戦争まっただ中という特別な緊迫した時期に、この国民的大行事のオープニングのアメリカ国歌斉唱という大役を任せられたのが、ホイットニー・ヒューストンだったことになる。特別な時期の、特別な意味を持つ「国歌斉唱」。そうした中の彼女の国歌斉唱は、魂のこもったものであり、アメリカ国民を鼓舞し、人々の心に深く刻まれるものとなった。
ある人は息子を戦地へ送り、ある人はご主人を戦地を送り、戦地からこの国民的イベントをチェックしていた人もいただろう。そんな人々にとって、彼女の歌うアメリカ国歌は特別なものとなったに違いない。
見事に国民の期待に応えた彼女には、真のスーパースターたる凄みすら感じてしまう。
この国歌斉唱はシングルとしてもリリースされることになる。国歌斉唱という異例のジャンルの歌にも関わらず、Billboard Hot 100の20位に入ったとか。 この伝説のスーパーボウルが行われてから10年後。あの9.11の悲劇がアメリカを襲うことになる。このときアメリカは再び彼女の歌声を必要とする。国全体が悲劇から立ち直るために、彼女の歌声が必要だった。人々の声に応え、彼女の国歌斉唱のシングルはもう一度再リリースされる。そして、そのシングルはBillboard Hotにおいて、何と6位に。
こうしたバックボーンを知って、彼女のスーパーボウルでの国歌斉唱がアメリカ国民にとって特別なものであることがよくわかった。アメリカが国として1つに結束し、立ち上がらなければいけないとき、必要とされる歌手。彼女がなぜ「The Voice」と言われ、特別視されるのか、理解できた。そして、改めて、偉大な歌手を失ったことを再認識できた。
彼女のご冥福を祈りたい。
このときの彼女の国歌斉唱と湾岸戦争をからめて紹介している動画のリンク。
↓
http://www.youtube.com/watch?v=Z1QmeEdFOSc&feature=related
クルマで会社へ向かう中、ラジオを聴いていた。 亡くなったホイットニー・ヒューストンに関する話題が流れる。昔、よく聴いたな~。 ラジオでは、彼女が「The Voice」と呼ばれていたことや、スーパーボウルでの国歌斉唱が伝説的だったと言っている。あれだけの歌手だもの、あの歌唱力だもの、そりゃ、そうだろうなと思いながら、その伝説の国歌斉唱を聴いてみたくなった。Youtubeで探したらあった。確かに素晴らしい。でも、、、、、。 なぜホイットニー・ヒューストンのスーパーボウルでの国歌斉唱が伝説になるほど人々に受け入れられたのか。Youtubeで見ると確かにそのパフォーマンスは素晴らしい。でも何か、もう一つ納得感が得られない。そこで、当時の時代背景なども少し調べてみることにした。
この第25回スーパーボウルが行われたのは1991年1月27日のこと。実は、前年の1990年8月2日には、サダム・フセインのイラクがクウェート侵攻を開始している。8月8日にはクウェート併合を勝手に発表。そこで、アメリカを中心とした多国籍軍が結成され、1991年1月17日には多国籍軍によるイラクへの空爆が開始。いわゆる湾岸戦争へ突入だ。
この緊迫のイラク空爆から、ほんの10日後に開催されたのが第25回スーパーボウル。湾岸戦争まっただ中という特別な緊迫した時期に、この国民的大行事のオープニングのアメリカ国歌斉唱という大役を任せられたのが、ホイットニー・ヒューストンだったことになる。特別な時期の、特別な意味を持つ「国歌斉唱」。そうした中の彼女の国歌斉唱は、魂のこもったものであり、アメリカ国民を鼓舞し、人々の心に深く刻まれるものとなった。
ある人は息子を戦地へ送り、ある人はご主人を戦地を送り、戦地からこの国民的イベントをチェックしていた人もいただろう。そんな人々にとって、彼女の歌うアメリカ国歌は特別なものとなったに違いない。
見事に国民の期待に応えた彼女には、真のスーパースターたる凄みすら感じてしまう。
この国歌斉唱はシングルとしてもリリースされることになる。国歌斉唱という異例のジャンルの歌にも関わらず、Billboard Hot 100の20位に入ったとか。 この伝説のスーパーボウルが行われてから10年後。あの9.11の悲劇がアメリカを襲うことになる。このときアメリカは再び彼女の歌声を必要とする。国全体が悲劇から立ち直るために、彼女の歌声が必要だった。人々の声に応え、彼女の国歌斉唱のシングルはもう一度再リリースされる。そして、そのシングルはBillboard Hotにおいて、何と6位に。
こうしたバックボーンを知って、彼女のスーパーボウルでの国歌斉唱がアメリカ国民にとって特別なものであることがよくわかった。アメリカが国として1つに結束し、立ち上がらなければいけないとき、必要とされる歌手。彼女がなぜ「The Voice」と言われ、特別視されるのか、理解できた。そして、改めて、偉大な歌手を失ったことを再認識できた。
彼女のご冥福を祈りたい。
このときの彼女の国歌斉唱と湾岸戦争をからめて紹介している動画のリンク。
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http://www.youtube.com/watch?v=Z1QmeEdFOSc&feature=related