"愛は真心" という表現を思い出した。「恋は下心(下に心)、愛は真心(真ん中に心)」 ってやつ。
だとすると、やっぱり愛には、ある程度の理性や意志みたいなものが必要なんじゃなかろうかと。
それでふと、車を運転しようとすることと、愛することが、似ている気がして考えてみた。
最初から自然に勝手に身につくものではなくて。
実際に正しく運転できる人からきちんと教えてもらって初めて、身についていくもの。
知識だけではだめ。実技が身につかないとだめ。ペーパードライバーじゃ通用しにくい。
運転が下手な人よりは、上手な人に教わった方がいい。
上手になろうという向上心と努力がないと、いつまでたっても下手くそのまま。
快適なドライブを続けるためには、ある程度、守るべきルールがある。
どんなに急いでいても、赤信号は止まるとか。周囲をきちんと見ることとかそんなのがいろいろ。
それを守らないと、自己中ドライバーや、暴走車になって、
自分ひとりならまだしも、相手も巻き込んで大惨事を引き起こすことにつながる。
仲間や恋人が長距離を運転してくれる横で、助手席に座るような時にも。
ずっと運転している人の横で、自分だけ口を開けてがーがー寝ているばかりのような
そんなのも引くよね。時々どうしようもなく眠くなるのは仕方ないとしてもさ。
つまんない。疲れた。まだ着かないの、とか自分の欲求を言うばかりで文句だらけとかね。
せっかく楽しくやろうと思ってたけど、全然一緒にいる意味ねーじゃん、みたいな。
そんな乗ってるだけでも文句ばっかりなんだったら、あとはもうお一人でご自由にどうぞ。みたいな。
もうそこまでいくと、あきれて言葉も出ませんね。
窓からタバコや空き缶や紙くずやガムや唾を、あたりかまわず捨ててみたり。
何事にも自分優先とばかりに、クラクションをやかましく鳴らしてみたり。
その一方で、譲り合って行き違う時、礼を込めて手やハザードで挨拶を交わすようなのがあったり。
タイヤがはまって動けなくなった車を動かすことを、見も知らずの人が一緒に手伝ってくれたり。
左オーライ、後ろオーライと、見えにくい場所の目になって誘導してくれたり。
そういうのは、知らなくちゃできないし、心遣いがなくちゃ気づけないだろうし。
最初から完璧に上手な人なんていないだろうし。
男女の関係だけに限らず、人を愛すること、人と愛し合うことって、
そんなふうに、身につけて、段々とできるようになっていくものなんじゃないかな、と。
できるようになりたいと思って、実際にやるのかやらないのかという更なる過程もあるけど。
けっこう感覚的に、似ているところが多い気がしました。
とりあえず、今のところはこんな印象かな・・・
だとすると、やっぱり愛には、ある程度の理性や意志みたいなものが必要なんじゃなかろうかと。
それでふと、車を運転しようとすることと、愛することが、似ている気がして考えてみた。
最初から自然に勝手に身につくものではなくて。
実際に正しく運転できる人からきちんと教えてもらって初めて、身についていくもの。
知識だけではだめ。実技が身につかないとだめ。ペーパードライバーじゃ通用しにくい。
運転が下手な人よりは、上手な人に教わった方がいい。
上手になろうという向上心と努力がないと、いつまでたっても下手くそのまま。
快適なドライブを続けるためには、ある程度、守るべきルールがある。
どんなに急いでいても、赤信号は止まるとか。周囲をきちんと見ることとかそんなのがいろいろ。
それを守らないと、自己中ドライバーや、暴走車になって、
自分ひとりならまだしも、相手も巻き込んで大惨事を引き起こすことにつながる。
仲間や恋人が長距離を運転してくれる横で、助手席に座るような時にも。
ずっと運転している人の横で、自分だけ口を開けてがーがー寝ているばかりのような
そんなのも引くよね。時々どうしようもなく眠くなるのは仕方ないとしてもさ。
つまんない。疲れた。まだ着かないの、とか自分の欲求を言うばかりで文句だらけとかね。
せっかく楽しくやろうと思ってたけど、全然一緒にいる意味ねーじゃん、みたいな。
そんな乗ってるだけでも文句ばっかりなんだったら、あとはもうお一人でご自由にどうぞ。みたいな。
もうそこまでいくと、あきれて言葉も出ませんね。
窓からタバコや空き缶や紙くずやガムや唾を、あたりかまわず捨ててみたり。
何事にも自分優先とばかりに、クラクションをやかましく鳴らしてみたり。
その一方で、譲り合って行き違う時、礼を込めて手やハザードで挨拶を交わすようなのがあったり。
タイヤがはまって動けなくなった車を動かすことを、見も知らずの人が一緒に手伝ってくれたり。
左オーライ、後ろオーライと、見えにくい場所の目になって誘導してくれたり。
そういうのは、知らなくちゃできないし、心遣いがなくちゃ気づけないだろうし。
最初から完璧に上手な人なんていないだろうし。
男女の関係だけに限らず、人を愛すること、人と愛し合うことって、
そんなふうに、身につけて、段々とできるようになっていくものなんじゃないかな、と。
できるようになりたいと思って、実際にやるのかやらないのかという更なる過程もあるけど。
けっこう感覚的に、似ているところが多い気がしました。
とりあえず、今のところはこんな印象かな・・・
愛ってなんだ。
与え続けるのが愛?
無償の愛なんてあるのかな。
神様の愛でさえ、有償なのに?
だって、お金を払って買ってるじゃない。
もしくは献身や奉仕という行為で、自分自身を代償物として支払ってるじゃない。
そして、自分の心を寄せて、心そのものを代償物にするのが信仰と呼ばれるものになる。
神様だって、人間よりはちょっと気が長いってだけで、
あまりにも一方通行になると、与えるのを飽きたりもするんだって。
与えるだけで満足だって?
自己満足という報酬を受け取ってる気がするけど。
押し付けられる方はいい迷惑に思ってるかもね。
(※ これは、自分への戒め。猛省しとけ自分)
まぁ、私の思う愛というものの定義と、他の人のそれとは違うだろうね。
万人と共有できるとは思ってないし、そうする必要もないでしょう。
あくまで私の価値観にとどまった話。
ただ私は、自分が心地いいと感じることをやっている人の、
猿真似をしていくだけ。
そして、自分と似た同じような表現をする人を探して、
一緒にいようとするだけ。ただそれだけ。
私がやってることなんて、本来の愛とは、果てしなく程遠いものよ。
与え続けるのが愛?
無償の愛なんてあるのかな。
神様の愛でさえ、有償なのに?
だって、お金を払って買ってるじゃない。
もしくは献身や奉仕という行為で、自分自身を代償物として支払ってるじゃない。
そして、自分の心を寄せて、心そのものを代償物にするのが信仰と呼ばれるものになる。
神様だって、人間よりはちょっと気が長いってだけで、
あまりにも一方通行になると、与えるのを飽きたりもするんだって。
与えるだけで満足だって?
自己満足という報酬を受け取ってる気がするけど。
押し付けられる方はいい迷惑に思ってるかもね。
(※ これは、自分への戒め。猛省しとけ自分)
まぁ、私の思う愛というものの定義と、他の人のそれとは違うだろうね。
万人と共有できるとは思ってないし、そうする必要もないでしょう。
あくまで私の価値観にとどまった話。
ただ私は、自分が心地いいと感じることをやっている人の、
猿真似をしていくだけ。
そして、自分と似た同じような表現をする人を探して、
一緒にいようとするだけ。ただそれだけ。
私がやってることなんて、本来の愛とは、果てしなく程遠いものよ。
もっと自由を手に入れようとしたはずなのに
どんどん もどかしい不自由さを感じて
知らなければ ほどほどに幸せなだけでいられたのに
知ってしまったがゆえに どうにもできない渇くような苦しみが増えて
私たちは いったい何を選んでいこうとしているんだろう
どんどん もどかしい不自由さを感じて
知らなければ ほどほどに幸せなだけでいられたのに
知ってしまったがゆえに どうにもできない渇くような苦しみが増えて
私たちは いったい何を選んでいこうとしているんだろう
「どれだけ切るか、じゃなくて、
どれだけ残すか、なんだよね」
私が尊敬して通う美容室の店長さんのポリシー。
やり切れなさや、むなしさから逃れたいのか。
それとも、それの虜になりたいのか。
目に見える現状は同じでも、
目に見えない気持ちは、わずかに違う。
心を向けて見ている世界は、きっと大きく違う。
この違いは、絶対に何かの結末を変える。
・・・そうあって欲しいよなと、切に願う。
どれだけ残すか、なんだよね」
私が尊敬して通う美容室の店長さんのポリシー。
やり切れなさや、むなしさから逃れたいのか。
それとも、それの虜になりたいのか。
目に見える現状は同じでも、
目に見えない気持ちは、わずかに違う。
心を向けて見ている世界は、きっと大きく違う。
この違いは、絶対に何かの結末を変える。
・・・そうあって欲しいよなと、切に願う。
空想好きな私は
寒くなってくると なぜか無性に物語を書きたくなる
自分の中にあるたくさんの人格たちが それぞれに動き
お互いを本気で思いやり 熱く語り合う物語を
きっと あったかい会話で
私は 自分の心をあたためたいんだろう
そんな自分に苦笑いし
自分の欲求のおもむくまま
しばし 空想の世界へ 私は心を浸す
そして 自分の理想の自分が登場する物語を
たとえ最初や途中はつらいことばかりでも 最後にはそれを乗り越え
大切にしていくべきたった一人の大切な人を 実際にちゃんと大事にできていて
幸せそうに嬉しそうに笑顔を浮かべる そんな自分の分身の物語を想像し
そのあたたかさをしっかりと掴んで離さないよう 心に蓄える
自分のぬくもりを 自分で保つために
冷え性ですぐかじかみやすい この自分の手と心を
自分の息でなんとかあたためようとするかのような行為
だけど
冷酷で厳しい時だからこそ 逆に
本当にあたたかい大切にするべきものを間違えずに見つけやすい
絶対に目を背けたりないがしろにしたりせず いとおしみたい季節でもある
そんな季節が
今年もまたやってきた
寒くなってくると なぜか無性に物語を書きたくなる
自分の中にあるたくさんの人格たちが それぞれに動き
お互いを本気で思いやり 熱く語り合う物語を
きっと あったかい会話で
私は 自分の心をあたためたいんだろう
そんな自分に苦笑いし
自分の欲求のおもむくまま
しばし 空想の世界へ 私は心を浸す
そして 自分の理想の自分が登場する物語を
たとえ最初や途中はつらいことばかりでも 最後にはそれを乗り越え
大切にしていくべきたった一人の大切な人を 実際にちゃんと大事にできていて
幸せそうに嬉しそうに笑顔を浮かべる そんな自分の分身の物語を想像し
そのあたたかさをしっかりと掴んで離さないよう 心に蓄える
自分のぬくもりを 自分で保つために
冷え性ですぐかじかみやすい この自分の手と心を
自分の息でなんとかあたためようとするかのような行為
だけど
冷酷で厳しい時だからこそ 逆に
本当にあたたかい大切にするべきものを間違えずに見つけやすい
絶対に目を背けたりないがしろにしたりせず いとおしみたい季節でもある
そんな季節が
今年もまたやってきた
変わらないでいる ということは
変わるのを止める ということじゃない
変わらないように
変わり続ける ということ
季節が変わり歳月が流れ その時に合う洋服をどんどん着替えても
中身の自分は 同じ自分である ということ
夏には夏用の服を 冬には冬用の服を
きちんと自分で考え選んで 正しく着替えるべきだ ということ
むしろ己の今の姿と 今の己に本当に似合っているのかをきちんと鏡に映して見ずに
いつまでも一人よがりで 季節外れの若い頃の古い服のまま
ずっと着替えないでいることの方が間違いである ということ
変わるのを止める ということは
澱んで濁って腐る ということ
まるっきりの別ものになるフルモデルチェンジをしろ ということではなく
いつも新鮮であるようにマイナーチェンジをし続けろ ということ
もっと自分は変われ
変わらないでいるために 変われ
目指す目標に到達できる その日まで
もっと自分は 変われ
それが私の
変わらないでいる ということ
変わるのを止める ということじゃない
変わらないように
変わり続ける ということ
季節が変わり歳月が流れ その時に合う洋服をどんどん着替えても
中身の自分は 同じ自分である ということ
夏には夏用の服を 冬には冬用の服を
きちんと自分で考え選んで 正しく着替えるべきだ ということ
むしろ己の今の姿と 今の己に本当に似合っているのかをきちんと鏡に映して見ずに
いつまでも一人よがりで 季節外れの若い頃の古い服のまま
ずっと着替えないでいることの方が間違いである ということ
変わるのを止める ということは
澱んで濁って腐る ということ
まるっきりの別ものになるフルモデルチェンジをしろ ということではなく
いつも新鮮であるようにマイナーチェンジをし続けろ ということ
もっと自分は変われ
変わらないでいるために 変われ
目指す目標に到達できる その日まで
もっと自分は 変われ
それが私の
変わらないでいる ということ