無理に何もかもを好きでいようとするのは もうやめたの

私にだってそんな感情くらい

好きになれない嫌いなものの ひとつやふたつくらいありますわ

私の知るかぎりでは 神様にだって

好き嫌いはあるくらいですもの

私にあっても 当然の感情でしょう

嫌いなものは嫌い そんな正直なのも たまには楽ね



実際のところは、1つや2つどころじゃないですねぇ・・・(苦笑)
自分の名を 覚えて呼んでもらえることが どれほどの奇跡かということを
体験したことがある?

そのへんにたまたま適当にいる 誰でもいいから誰か じゃなくて
その他A・B・Cとか ロボットのような整理番号でもなくて
他の誰かに付属させられた代名詞でもなくて

この私を 他の誰でもない この私を
その瞳にきちんと映して
この私の名を 一言一句間違えず覚えて
しっかりと はっきりと その声で呼んでもらえるということが
どれだけ 感謝なことか
どれだけ 涙がでるほど嬉しいことか
身にしみて味わったことがある?

この私でいいのだ と
今の私のままでできることがあるから と
私がいいのだ と
そう言ってくれる存在が どれほどの尊い存在であるか

名を呼べる
呼べる名がある
名を呼んでくれる存在がある

その奇跡と感謝を 私は絶対に
忘れたり ないがしろにしたりなんかしない

絶対に しない
マガイモノに
私は 最初から興味などない

そんなモノは あえて探しに出るまでもなく
いつでもそのへんの手近にあるもので 十分に事足りるからね

私が探しているのは ホンモノ
侮らない 偽らない ホンモノを探しているの

私が追い求め 手に入れようと探してきたものは
昔も今も それ

ホンモノの価値と存在を知ってしまっている今は なおさら
マガイモノ マガウモノには ひとかけらの興味もない
あれは、これのための予行練習だった。
先に一番ひどい状態を経験し、強烈な免疫ができていた今となっては、
このくらいは全然どうってことなくなってる。
自分でも拍子抜けして笑えるくらい。

私の弱点を知り尽くしているあなたは、
あの時私に、次はこの部分を克服できるようになってみなさい、と
そんなふうに言いたかったのね。

あなたからいただくものに、無駄なものなど
やっぱり何一つとしてない。
好きです
好きです
愛しています
愛しています
ありがとうございます
ありがとうございます

あなたのそばにいられる私は
世界で一番 幸せな人間ですね

今日も ありがとうございます
あなたを好きだと思う気持ちは まだまだ膨らんでいます

私にとって かけがえのないあなた
それと同じくらい
あなたにとって かけがえのない私に
いつの日か なっていけますように
「あなたって、偽善者ね」

「まぁ! それじゃ、あなたは、偽善じゃない善ができる方なの?
ぜひ、そのやり方を私に教えてくださいませんか?」


どなたか、教えてくれませんか。
息をするだけで二酸化炭素で害をなし、
罪のない命を毎日無駄に食らい、
動くだけでゴミを出し続けている
この悪の塊の無価値の私に。

人間に真の善などそもそもありえない としか
納得できなかった私に。

偽善のひとつもできないやつよりはよっぽどマシよ としか
結論を見出せなかった私に。

教えられるものなら、教えてくれませんか?
いや、ほんとにこれは本気で。
やらずに後悔するよりも やって後悔する方がいい

これは 子供


後悔するならやるな 後悔しないようにやれ

これが 大人


がんばってるのに上手くいかないのは 子供

上手くいくようにがんばるのが 大人



大人は、後悔ではなく、反省をするべき。
自分の言動やありかたに間違いがなかったかどうかを、
振り返ってよく考え、過去のあやまちを反省して、心を入れかえる。

間違えない人間なんかいないのだから。人間は間違ういきものなのだから。
悔いたなら改めようとする気持ち。
そして、できるかぎり同じ失敗は、もう繰り返さないように努めてはげむ。
これが大人には大事。

私は、そう思っている。
私たちは 世界は一つだと考えがちだけれど
実は世界は 人の数だけ存在する
と、私の場合は思っている

例えば 総理大臣や天皇陛下の見ている"世界"に
私など微塵も 想像のうちでさえも存在しないように
私が存在しない世界は 実質無数に存在している

だから それぞれが思い描き口にする"世界"という言葉の定義は
実は自分の周囲の ごくかぎられた内輪の たかだか知れたその程度の範囲のこと
なのではないだろうか

そして、
その各々の世界の中心になにを置くのか
それをきちんと考え自覚するのが、重要な部分かなと思う
他の人と語り合う時にも、相手のそれを汲み取ってから焦点を合わせていくと
理解しやすくなることもあるかもしれない

ごく普通の庶民だったら それは
金か
自分か
友か
パートナー(恋人や伴侶)か
家族(自分の子供や親など)か
このあたりだろう

人によっては
何かのブランド意識だったり
家柄だったり
職業や役職や名誉だったり
仕事や会社だったり
国だったりすることもあるだろう

そして
自然や宇宙か
先祖や霊魂の類か
神や仏(これらも種々様々あるが)か

自分の世界の中心がこのあたりまでいくと
その人の見える世界は またかなり変わってくるだろうと思う

あなたにとっての世界とは
何を中心に、何をトップや主軸としてまわっているものなのか
そこに座するものを王として 主(あるじ)として
1つにできないというなら、まぁ王(第1)と王妃(第2)と言う具合に2~3個でも決めて
あなたは それに仕えていくとよろしいでしょう
それが "あなたの世界"のすべてとなるだけのこと
それは "わたしの世界"とは 似て重なる部分の多少はあったとしても
けして完璧に同じではないでしょう

だから 世界は人の数だけ存在する
と、私は思っている
そう思えると、もう少し肩の力を抜くことができる
そんな気がする



どれを選んでも、それぞれリスクとメリットと苦労具合は大差ないと思います。
お金をたくさん稼ぐのも簡単じゃないだろうし、
自分を優先しても思うようにいかないことは多々あるだろうし、
信仰を貫くにも自分に甘くはいられませんし・・・。
どれを選んでも生半可では、満たされきれないのは同じでしょう。

それぞれの世界。
わかりきれないからこそ、尊重しあい、折り合いをつけて共存しようとするか、
自分の思うように侵略しようとして、上手くいかないと悶々とするか・・・
そんなのを選んでいくのも、またそれぞれが自ら決めていくことでしょう。
もちろん、いうまでもなく、これらはいつでも変更可能。
変更しようと思って決心した日が吉日。それがスタートの瞬間です。
人の振り見て 我が振り直せ

他への不満・矛盾をあげつらう前に 己の矛盾・言行不一致に気づけ


恥を知る者でありたい