どんなに偉そうなことを頭の中で考えてたって、
それを実際に言葉や行動に表すことができないんだったら、
それはなんにも考えてないことと一緒なんだ


自分への戒め
あなたから、直接言葉をもらった時のことを、
私は今でも、鮮明に覚えているよ。

いろんな利己欲や思惑が、それぞれの人の裏表に複雑に渦巻くこの世の中。
気を抜けばすぐ足をとられ、あっというまに溺れ沈んでしまう、そんな恐ろしい世界。
そんな世界に、できれば沈みたくないと必死に抵抗し、もがいている私に、
あなたの言葉は、とても眩しく思えたんだ。

そんなふうに、まっすぐでいることにひたむきなあなたの側にいられたら、
もしかしたら、私もいつか、そんな人間になれるのかな。

きっともうあの時に、私は、あなたを手放せなくなってしまっていたんだと思う。
こんな私だから、そんな簡単なことに気づくまで、それからずいぶんかかってしまったけれど。
がんばってね
がんばってるね
がんばろうね
がんばりすぎないでね
がんばらないでいいからね

そんな言葉はいろいろあるけれど・・・

私は、ただ、黙って見ているしか、できないよね。
だって、私じゃあ、どんなに願っても代わってあげることなんてできないんだもん。
がんばって、なんて、そんな軽いことなんて言えるはずがない。
どんな時だって、あなたはがんばりすぎるくらいがんばってる。
少しは休んだら? なんて、それを簡単には許されない場にいるあなたに向かって、
そんな無責任なことだって、言えやしない。

だから、私が言えることは、

あなたを想うと、私もがんばらなくちゃいけないよなって思わされるんだ。
だから、あなたを覚えて、私もがんばるね、って。

自分もがんばる。
そうやって自分に向けて言うだけしか、本当は言えないんだよね。


今日も、どうかあなたが、守られて、一日を過ごすことができますように。
「他人を信用しない人間ほど、
何故か他人に期待する傾向が強い。」 (森博嗣 『的を射る言葉』)

ギクリ。
やばい。
耳が痛い(苦笑)

ちょっと反論できない。

やばいやばい。わはは(苦笑)

・・・精進します。
でも、こういう的を射た自分へのダメ出し。実は嫌いじゃない。
人間同士の信頼とは
薄いセロファンのような厚さのものを1枚1枚
積み重ねていくようなもの

長い時間をかけて
いつのまにか自然に積み重なっていくもので
けして完成をみることなどできないもの
たとえ少し積まれたとしても
そんなもの たかが知れた厚さだ
しかも、ちょっと風が吹けば
あっというまに飛んでなくなってしまうし
雨にでも濡れれば
すぐに縮んでぐしゃぐしゃになる

ましてや
こんな自分ならなおさらのこと
最初から得られるものなどであろうはずがない
最初から簡単に、私を信じろ、あなたを信じますという言葉こそ
まるっきりの偽りだと知れ

現に、そう口にした者からこそ順に
己の前からいなくなっているではないか


最初から最後まで
その信頼に応えられると口にすることができるのは
本物の神
それ唯一人だけだ
空はつながっている

どんなに遠く離れていても

だから、遠くの誰かを想うとき

私は空を仰ぐ

今この空の上におわすものの力添えを介しても

その人にとっては、遠くにいるこんな私など

なんの力の一欠片にもなれないのだけれど

それでも、想い、祈らせていただくことを許してほしいと

ただそれだけを

願いながら
あの人が遠くで一人で泣いている・・・
私にできることは・・・

なにも・・・ない。
今の自分に嘆く自分。

じゃあ、例えば、他の誰かになれるとして、
誰になりたいと思う?

よくよく考えて想像してみたら、
誰もかれもけっこう大変そうで、それなりにめんどくさそうで、
いざとなると、どれもいまいちかなぁと思う。

逆に、この自分をやってやれるのは、
やっぱり自分しかいないんじゃないの? とか思う。

まぁ、苦労や悩みは尽きないんだけどさ。
案外、なんだかんだいって、気に入ってるんじゃないの?

この自分。
なにもかもとことん壊れた。見事にあれもこれも無くなった。

破裂するかと思ったが、なだめなだめ頭と心にスキャンディスクとデフラグをかけてきた。

破損ファイルの断片を解放。
分断化し散乱しているデータをまとめて、未使用領域を再配置。
すると、けっこうな容量の空きスペースができていた。

空いた場所に新しいものを取り込みにいこう。まずは頭の空腹でも満たそうか。

やっと1年以上ぶりに、人の書いた本が読みたくなってきた。

明日は図書館へお散歩。
ホームシックというものにかかることができない私

幸か不幸か わからないけれど

しょうがない こんな私になってしまったんだもの

これも 私