「きみの方が教会に愛されてるよね。聖書もよく読んでるし・・・それに比べて僕は、
まだ聖書だって一度も通読できてないし、それに・・・」 と、
寂しそうな顔をして、あなたは自分を嘆いた。

何を言ってるの! あなたは自分が何をしたかわかってる?!

あなたは、この私を、神様のところまでその手で引き上げたのよ。
それがどれほどすごいことだと思っているの?

私は聖書を読んでもなお、やっとここまでの自分になるだけでせいいっぱいだというのに、
あなたは聖書を読んでいなくたって、こうして私という人間を一人、
本物の神様の救いの道に導きいれることができたのよ。
どちらがすごいことか、どちらが神様の目に喜ばれることか、
それは一目瞭然でしょう?

ちょっとくらい人に好かれたって、神様に用いられるほどに愛されることに比べたら
それがなんだっていうの?
聖書を読んだって、人に対して失敗ばかりの私に比べたら、
読んでなくたって、人を神様につないだあなたは、どれだけすごいかわかってる?

聖書を読むことなんてね、やろうと思えば誰だってできるのよ。
でもね、人を神様の救いの道に導くことなんて、
そんなすごいこと、やろうと思ったって神様に選ばれなくてはできないことよ。

だから、あなたは、私に対してどこにも落ち込むことなんてないの。
あなたは、今のあなたでいるだけで、私よりも何百倍も神様に喜ばれている人なのよ。

でも、じゃあ、少しでもあなたの苦しみが和らぐなら、
今日から私と一緒に聖書を読みましょう。
忙しいあなたですもの。無理せず一日1章でも、3日に1章でもいいのよ。
それでも進んでいけば、絶対にいつかは達成できるんだから。

だから、あなたは、そんなことで私に対して自信をなくしたりしなくたっていいのよ。
あなたは、今のあなたでいるだけで、私よりもよっぽどすごい人なのだから。
この今の私そのものが、あなたのすごさの証明なのだから。
もしたとえ、誰か他の人があなたを悪く言っても、
私は、神様と、神様に用いられるほどに素晴らしいあなたを、
絶対に永遠にほめたたえ続けます!



人に元気や希望を与える力をもっている人は、本当にすごいと思います。
今日、私の縁ある地で、新しく一人、クリスチャンとして神様の道に入られた方を知りました。
世界で一番尊い働きをされる方と、新しく導かれた方に、特別の祝福がありますように!
私は裸で母の胎から出て来た。
また、裸で私はかしこに帰ろう。
主は与え、主は取られる。
主の御名はほむべきかな。(旧約聖書 ヨブ記1章21節)

「さあ、あなたがたは、人を避けて寂しい所へ行って、しばらく休むがよい」
(新約聖書 マルコの福音書6章31節)

わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。
それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、
あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。
もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、
わたしを見つけるだろう。(旧約聖書 エレミア書29章11・13節)

あなたがたは、神の訓練として、信仰生活の苦しみを受け取りなさい。
神は、あなたがたを神の子として扱っていてくださるのである。
父親が訓練しない子供がいるだろうか。(新約聖書 ヘブル人への手紙12章7節)

主ご自身があなたの先に進まれる。
主があなたとともにおられる。
主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。
恐れてはならない。おののいてはならない。(旧約聖書 申命記31章8節)

わたしは近くにいれば、神なのか。
遠くにいれば、神ではないのか。
天にも地にも、わたしは満ちているではないか。(旧約聖書 エレミア書23章23-24節)

私の心が苦しみ、私の内なる思いが突き刺されたとき、
私は、愚かで、わきまえもなく、あなたの前で獣のようでした。
しかし私は絶えずあなたとともにいました。
あなたは私の右の手をしっかりつかまえられました。
この身とこの心とは尽き果てましょう。
しかし神はとこしえに私の心の岩、私の分の土地です。(旧約聖書 詩篇73篇21-26節)

力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。
いのちの泉はこれからわく。(旧約聖書 箴言4章23節)



今年一年の私を、特に支えてくださった 聖書のみことばです。
本当に本当に、ありがとうございました。
また新しい年も、あなたとともに歩ませていただける者でありますように。
私はね・・・はるか外れの遠き道を 歩いてきた者なんだよね

キリストのかけらに 知らずに触れたあの時から
八百万の神の教えを守る人たちに 手を引かれ
仏の心を持つ人に 背を押され
神は持たなくとも 温かい心を持つ人たちに励まされ
そうして いろんなたくさんの尊敬する尊い存在から
この主の道へとつないでもらい
送り出してもらった者なの

だからこそね はっきりと言えることがあるの
それはね どんな異なる端から始まる道であっても
キリストへは 必ずつながることができるんだということ

それぞれを本気で知ってみたからこそ わかるのよ
アマテラスの世界も シャカや仏の世界も
彼ら本人は 全然そんな悪い人じゃない
細かい背景の多少の違いはあっても
人が生きていく時に 本当に大切にするべき背骨は
みんなまっすぐ キリストの道につながっていたことが
今の私には わかるんだもの

それを 勝手に自分の都合のいいように
変な方向に捻じ曲げて 行き止まりにしてしまうのは
いつも人間の方なの
それが 人間の弱さ 悪いところなのよ

みんなそう言ってるでしょ
もちろんキリストも 最初からそう言っているのよ

そして だからこそ これからの私も
キリストへの道を曲げる者にだけは 絶対になりたくないの
キリストへつなごうとしてくれている 心有る存在たちを
逆に失望させ 自ら遠ざけるような者にだけは
絶対になりたくないのよ

それが たとえ異なる道を歩いているように見えようとも
私がまだ主を知らないうちから 主の働き人となって
それぞれの場で キリストに向かって私をここまでつないでくれた
いまだ 尊敬してやまない人たちへの
全ての感謝する大切な存在たちへの 恩返しなの

今頃やっと遅れてきた 器小さきこの私自身など
その道を直接つなぐものになどなれないだろう
でも せめてキリストが 喜んで歩いて用いてくれる道の
その端の土のひとかけらにでもなれたらと願うよ

それが 私の 預かりしこの残りの命果てるまでの
決心 なの
そんな自分に これからも造り変えられ なっていきたいの
今年一年の感謝を 忘れないようにする会
新しい一年を 希望をもって迎える会
おひとりおひとりの 大切に思う方たちの心の内に
きょう 救い主キリストが お生まれになってくださいますように

そして キリストに 共につながる人たちが
一人でも多く たくさんふえていきますように

この時を感謝して
心より お祈り申し上げます


─ クリスマス おめでとうございます ─
刃物のように鋭く尖り あらゆるものに警戒心をむき出しにしていた私に
「心休めてくださいね」
私を見つけ そんな真心を初めて差し伸べてくれた人

無力感に苛まれ もうだめだと吐露した私に
「なんにもできなくてもええやん。ただここに一緒におればええやん」
そう言って ぎゅっと抱きしめてくれた あったかい人


現実の世界でも 虚構の世界でも
辛らつで偽りだらけの 厳しい人間の世界で
あなたほどに ひたむきに 懸命に 心温かくあろうとする人を
私はそれより先には 誰一人として知らなかったよ

遠くて見えない最初から 近くで見えるようになった今でも
あなたの本物さは けっして色あせることなく
一度も揺るぐことがないの
だから私は いつもあなたによって 救われてしまうね
だから私は あなたのためなら
なおさらがんばりたいと 思わされてしまうね

そんなあなたは私にとって 間違いなく
神様からの 贈り物です



私と神様を直接の手でつないでくれた 大切な大切な私の半身、
私の最も尊敬する主の人である 最愛の旦那さまに、
表しきれないほどの心からの感謝を。
終電も過ぎた時間 雪だけがしんしんと静かに舞い降りる真夜中
その雰囲気があまりにも静かで きれいだったから
会社から家まで 徒歩だと1時間半かかる道のりを
タクシーに乗るのを選ばずに わざと歩いて帰ったことがある

神様と二人っきりのクリスマス
クリスチャンの真似をして 大切に思う人たちの幸せを願い祈りながら
神様とだけおしゃべりをして過ごしたクリスマスの夜

それが 私が今まで過ごした全部のクリスマスの中で
一番心から平安で楽しかったクリスマスの思い出だって言ったら
誰かにすねられちゃうかな

その約2週間後
私は キリストを心に宿す人からの直接の手によって
本当に神様のもとに導かれた

そんな 神様と二人きりで過ごしたクリスマスの大切な思い出が
私にはある
今日 恐ろしい巣窟を見た

そこで 自分の面影を見た

そこに かつての自分がいた

いや違う おそらくこの今の自分の性質のまま
そのまま 紙一重分だけ この道からズレた自分

同じだけの正義感で 他を裁き叫んでいる
同じだけの愛情で 誰かを憎み妬んでいる
同じだけの意識で 仲間を増やし呼び集めている

恐ろしいのは そんな自分に今もなお
一瞬で戻れるという この自分の本質

あの場に 恐ろしく同じように成長した
もう一人の自分の姿を見た

あそこにいたのはもう一人の自分だと
それがわかってしまった自分が
一番恐ろしい



そして、今これをこの場に書いている自分がどれだけ守られているか・・・
けっして自身の力だけで歩いて来れた道ではないことを、
私は、今日また改めて思い知らされたのでした・・・
やっぱりまだまだこれからも、ちゃんと自分をしっかり見張っていかなくちゃなぁ;;
もしかして、これが今年の私への神様からのクリスマスプレゼントかな(苦笑)
クリスマスに祈る人と、その方につながる全ての人たちの上に
溢れるばかりの祝福がありますように



この場に来てくださった お客様 あなた様の上にも、
心より来訪の感謝を申し上げ、豊かな祝福をお祈りさせていただきます。
どうぞこの季節、くれぐれもお体を大切に、
あなた様にとりまして 心穏やかなクリスマスとなりますように・・・
私はこんなことで 傷ついたなんて言ってたまるか
あなたの負った傷に比べたら
いえ 私の分も あなたは負ってくれたのだから

私の傷は あなたが半分以上 代わりに負ってくれたもの

どうか 私に強さをください
たとえこの指先の爪がはがれても すがりつく腕さえもが ちぎれても
あなたに すがりついていける強さを

あなたが私に与えるものに 必要ないものなどけしてありはしないと
苦しみにも 辛さにも 涙の一粒でさえ 無駄なものなどひとつとしてないと
私は 知っているのだから 今この瞬間も そう感じていられているのだから

感謝します 私の主よ
もっと私に必要なものを 与えてください
もっと私を 変えてください あなたが用いることができるほどに 私を造り変えてください

私の主よ 感謝します



今年、私が久しぶりに神様に鍛えられていた最中の、最も呻いた時の祈り。
とにかく苦しくて、黙って耐えておれず、とうとう文章として吐き出してしまったもの。
でも、重すぎてその時は表に出せず、ずっと下書きに残っていたもの。
今、おかげさまで信じられないほど穏やかな気持ちで、愛しく懐かしい気持ちで、
大きな感謝とともに、謹んでこの時の思いを消化吸収させていただきます。

これ以上に血を吐く思いで、今この時も祈っておられる方など、どれほどたくさんいらっしゃるだろうか・・・
私は、それを忘れちゃいけない。
比べることではない。でも、忘れてはいけない。

いつかまた、期待され鍛えられる時が必ずやってくるだろう。私がそれを望んでいるのだから。
その時の自分のために、ここに備えておきたい。

クリスマスを前に、心からの感謝を込めて。