ようやく、ようやく、今度こそ。自分の本来の、居心地のいい色を、
しっかり取り戻せてきたかな…と思える今日この頃。


ここでブログを開く前から、先に慣れ親しんでいた FC2 ブログの方に、
再び自分の居心地のいい居場所を求めて、ブログを立ち上げました。
すでにブログ村からの道すじ変更は済ませてありますが、
こちらに直接来てくださっているお客様にご案内させていただきます。

こちらのブログも、私の大切な心の場所なので、削除閉鎖はしませんが、
もしよろしければ、新しい私の部屋にも、遊びに来ていただけたらと思います。

今まで、本当にありがとうございました。
そして、これからも、よろしくお願いいたします。

新ブログ (FC2)
---
moonprayer
http://moonprayer7386.blog27.fc2.com/
---
旦那さんが県外に数日間の出張のため、今朝は空港までお見送りに行きました。
自分が飛行機に乗る時は、楽しい気持ちばかりですが、送迎デッキで一人、愛する人の乗った飛行機が飛び立って、遠ざかっていくのを見送るというのは、本当に心寂しいものです。

我が家は自営業ということで、家で仕事をする旦那さんと私は、24時間週7日間、一緒の空間にいるという状況がほとんど。
それが私たちにとっての通常状態であり、お互いに心休まる状態にもなっているので、こうして出張で数日間離れ離れになると、逆に居心地が悪く、変に緊張状態になります。
そのため、特にここ10日間ほどは、ほぼ人断ち・ネット断ち(私なりの心の断食)状態で、集中して祈りの時をもち、備えていました。
最終日まで、事故なく、トラブルなく、とにかく無事に帰ってこられるように、旦那さんの仕事と体調と足の守りを、私は祈り、主により頼むのみです。


また、その後は会社の決算月ということで、経理担当の私は、引き続き集中して祈って取り組まなくてはいけないので、このままブログ更新もしばらくお休みしたいと思います。
とりあえず、メールフォームを右プロフィールの下方に設置しました。
なにかお問い合わせなどがございましたら、お気軽にご連絡ください。

それでは、またいつか更新ができる日まで。行ってまいります。
冬が終わって やっと暖かくなってきたかなと思っていたら
急にぶり返した寒さ
今日は 雪が降るほどだったよ
手と一緒に 心も少し またかじかみそうになっていて
今日は とっても悲しくなってたんだ
まだ 本当の春は 遠いのかなって

そんなとき ふときみが
優しい笑顔で 大丈夫だよって言ってくれた

ありがとう
うれしくって また泣いちゃったよ



『春のサイン』 - 「クリスチャンカメラマンの写真話」 (cameraeyes さん)

素敵な春の写真をありがとう。神様の慰めをいただきました。
自分を支えていくのがせいいっぱいで
自分のことを祈るのがせいいっぱいで

自分の元気がない時でも 誰かのことを
変わらず祈れる強さがほしい

いつか届くだろうか この祈りは
主よ こんな小さな祈りでも
こんな愚かで小さな者の祈りでも

ああ でも 主は側にいて
この小さな者を 支えてくださる
どんなことも見逃さず 聞き逃さず
その大きな翼で かばい 守り

もっと求めよ 主は顧みてくださる
もっと祈れよ 主は応えられる
しっかりと仰ぎ見よ 主はそこにおられる

この弱さは まだ自分の情けない力に
囚われている 不信仰のゆえの弱さ
今日と明日 苦しさで泣くことがあっても
私の手は 主によって光の出口へと
必ず 導かれている

強く強く 強く信じよ
主の約束は 真実である



これは、5年前、2003年4月の日付のものでした。
今日は、この過去の自分の祈りに、一ヵ所ダメ出しをしたいと思います。(笑)

バカ! なにかっこつけて強さなんか求めてんだ!
神様に言わせれば、おまえの強さなんてたかが知れてる。バカバカ!失笑ものじゃないか。
主だったら、きっとこんなふうに思っておられる。

そんなことは、おまえが求めなくても、主であるわたしがどんなことも責任をもって面倒をみてやる。
おまえは、ただのダメダメ小娘で、主であるわたしがいなければ、なんにもできない者なのだから、
苦しいなら苦しいと、そんなかっこなんかつけていないで、ちゃんと正直にまず言ってきなさい。
話は、それからだ。
この祈りは、主であるわたしに全くゆだねきれていないではないか。
全知全能の主であるわたしをあざむいて、自分でなんとかしようとしている愚かな考えではないか。
おまえはなにも強くないし、これからも強くなどなれない。
強いのは、主である、このわたしのみなのだから。だから、もうおまえはそんなものを求めてはいけない。
おまえはただ、主であるわたしに、ただひたすらに寄り頼みなさい。わかったな?

よし、では、今すぐ今回の出口へと連れて行こう。そして、次の高みへと、おまえを進めてやろう。
次の場所も、おまえにぴったりの、主であるわたしが最善であると選んだとっておきのステージだよ。
主であるわたしがしっかりと見ていて、おまえを動かしてやるから、
おまえは主であるわたしだけを見て、今回学んだとおり、日々喜んで任せきって過ごしてみなさい。


神様。ゆだねるって、こんなに楽しいことだったんですね。(照;;)

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ
「今年のクリスマスに、家族に私の命をプレゼントしよう。私は、もういらないから」

その日、私は、そう決意した。
その日は、私の14歳の誕生日だった。
私は、家族からも友達からも、誰一人にもお祝いをしてもらえない誕生日を、
暗い部屋のお布団の中で、たった一人で、絶望の底で、自分の存在を呪いながら、そう決意した。

私は、一年の中で、自分の誕生日が、一番嫌いでした。

───

私の実家の家族は、私を含め7人。
祖母と、両親と、2歳下の弟、3歳下の弟、13歳下の弟。
私は4人姉弟の長女でした。ごくごく普通の、女の子だったと思います。

でも、中2の時のクラス替えで、仲の良かった友達がみんな別のクラスになってしまって、
私は、新しいクラスで上手く友達が作れませんでした。
4月から7月の誕生日まで、私は、取り残されたような感じで、ずっと一人で過ごしていました。
そうして迎えた誕生日の当日、私は風邪をひいて学校を休み、2階の自分の部屋で一人で寝ていました。
部屋の下は、ちょうどリビングで、時々家族の楽しそうな声が響いて聞こえてきました。

私は、真っ暗な部屋のお布団の中で、具合が悪くて心細い中で、友達からも、家族からも、
誰からもお祝いの言葉をかけられない誕生日を、一人きりで過ごしました。
その時、私はこう決めました。
「今年のクリスマスに、家族に私の命をプレゼントしよう。私は、もういらないから」と。

机の引き出しの中には、手首を切るためのカミソリも用意しました。
三つ編みしたお下げの髪を、結んだところでハサミで切り落としたりもしました。
その時の髪は、今でも捨てられずに残っています。

でも、そこまでの決意をして、その準備を一人黙々と進めていた私の前に、
ささやかないくつかの救いの出来事が起こって、新しい友達もできて、
クリスマスが来ても、結局その計画は決行されませんでした。
そして、私は今も生かされていて、大人になってから、こうしてクリスチャンにもなりました。
クリスチャンになった今、思うと、その自死を決意した時の言葉が
そのまま主に届いたんだなぁって思ったりします。
その時は、キリストなどなんにも知らずにやったことですが、
私のキリストへの道は、そこから始まったんじゃないかと思っています。

けれど、今でも、私は自分の誕生日が、一年の中で一番憂うつになります。
おめでとうとどんなに言われても、14歳のあの日の自分が、
暗闇の底からじーっと自分を妬み、呪っているのです。
「おまえは、本当は誰からも大事になんかされてないんだ。おまえなど、この世にいなくてもいいんだ」と。
この声が聞こえるたびに、強い落ち込みがきます。
そして、自分の誕生日を誰にも祝われずに、静かにひっそりとやり過ごしたいと思うのです。
隠しておきたいと思うほどです。
でも、その反面では、やっぱり気づいて祝ってもらいたいという思いも隠しきれません。
だから、すごく憂うつになるのです。

過去のその日の家族にしても、別に悪意があったわけではないし、
それよりも安静にと、私を大事に思ってくれてのことだと、頭ではわかっています。
でも、理屈じゃないんですよね。
だから、複雑なのです。そして、そのことはもう取り返しはつかないのです。
私が自分で、その14歳の自分も愛して救ってやれるようにならないと。
もちろん、それは主にしか解決できないことですけど。

そうして、私はいつも自分の存在を、誰よりも自分が一番呪いながら、今まで生きてきたのです。


───

これが、私の抱えていた最も重い暗闇の正体でした。
私がブログ内で、黒だとか闇だとか使う時は、まさにこの14歳の自分、
この子のことを思って書いていました。

ですが、今年、つい先日、この長年の私の重荷が突然軽くなり、とても楽になってきました。

私のこの一番つらい重荷が、突然軽くなる瞬間が来たのです。
私が、どれだけ主にゆだねきれていなかったか、どれだけ主を見くびる罪をおかしていたか、
主の前にひれ伏すほどに気づかされました。
その瞬間から、私の見える世界が変わりました。

今年の誕生日当日、どんな気持ちがやってくるかは、まだわかりません。
でも、今までにない強い期待がはっきりと続いています。

全てを最善に導いてくださる主に、心からの賛美と感謝を捧げます。ハレルヤ。

まだ誰も足を踏み入れていない、まっさらな雪原を思い出す景色。


神様が創られた山と雲がつくりだす、雄大な景色。


白い筋雲が、白波の模様に見える。空と海が、逆さまになったような景色。


天地万物を創造された神様は、これらのすべてを「良し」とされました。


そんな神様は、いつも私たちのすぐ横にいて、ともに歩んでくださる方。


時々、弱々しくくじけそうになっても、


その大きな翼で、力強い腕で、どんな時も私たちを守り、支えてくださる方。


神様は、いつも私たちを見守ってくださっています。


人の視力では、この高さから、地上に住む私たち一人一人の姿など見えません。
でも、神様は、この距離からでも、私たち一人一人をしっかりと見つめてくださっています。
この距離からでも、私たちが神様に向かって捧げる歌声や祈りは、いつも神様に届いているのです。
私たちが神様を慕い、空を仰ぐ時、この距離からでも、必ず、神様と目が合っているのです。

神様は、私たち一人一人を、そのままで尊く、かけがえのない存在だと愛してくださっています。
これは、間違いなく、本当のこと、なのです。

この神様こそ、
私たちの、私の、あなたの、

たった一人の、唯一の、

本物の神様、なのです。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ



私は、飛行機に乗るのが好きです。特に、離陸の瞬間が最高に好きです。
体感的に、体ごと神様の近くに行けているような感覚になれて嬉しいからです。(単純(笑))
この写真は、2002年の7月に撮ったものです。
これ以外でも、帰省のたびに何度か飛行機には乗っていますが、
この時以上に感動できた景色には出会えていません。
だから、これはやっぱり神様からの特別な贈り物だったんだなと、
ずっと大切に持っていて、時々眺めていました。

でも、神様からお預かりしていたこの景色たちを、今日ここで披露して、
再び神様に、感謝をもってお返ししたいと思います。
神様のこれからの御用のために、どうぞお使いください。
心が なにか騒いで眠れない夜

前は ヘッドホン
全てをかき消すように大音量に溺れるだけ

今は 祈り 聖書を開く
主の愛と憐れみが その頁を導く奇跡

一人 枕にうずくまりながら 耐えるしかなかった時間
それさえも今は はるか昔の記憶のように思う
なんという強い支えと恵み

主よ 私は自分が弱い時にこそ
あなたの強さを感じずにはいられないのです

───
データの日付は、2003年4月。クリスチャンになって3年目ほどの時に綴ったものです。
その時、なにを思って書いたのかは、もう思い出せませんけれども。(笑)
安心して眠れることの感謝を、もう一度味わいたいと思います。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ
私は、携帯電話を持っていません。
そのため、このブログを携帯でご覧になってくださっている方に、ここがどのように見えているのか、
私には確認することができません。

本日、以下のようなこのブログの説明を、ブログトップに付け加えましたが、
携帯でご覧になっている方は、もしかしたらその文章が見えないかもしれないと思い、
記事としても上げておくことにします。

───
ここは、私がクリスチャンとして、主にのみ見てもらいたいと思って始めた場所であり、
常に主こそが一番の読者でいてくださっていることを強く意識して、
その独自の目的意識に従って、書き綴っています。
ですので、多少暗く重めに見えることもあるかもしれませんが、
私本人は日々の生活を、主にあって喜んで明るく楽しく過ごしています。
主のことを思って真剣に作った私の作品の一つとして、ご覧いただければと思います。

お立ち寄りくださった皆様の上にも、主の祝福が、いつも豊かに降り注ぎますように。
───

ブログ村に参加させていただくようになり、当初よりも広く多くの方に見ていただくようになっていく過程で、
ここで綴る私の印象と、実際に親しく話す私の印象が違って戸惑われる方もおられたので、
必要を感じました。
ここに綴っていることは、私の心の底から主に向かって出てくるものであり、嘘偽りではありません。
でも、これが私の日々の状態全てでもありません。私は日々守られ、楽しく平穏に過ごしています。
(すさまじく平穏すぎて、書けるだけの日常の話題がないとも言えます・・・(苦笑))

この場は、またいつか自分に大きな試練などがやってきた時、自分を信仰に堅く立たせ、
主によって自らを励ますための、心構えの備えの場です。
そのような目で、ご理解いただき、なにかの参考にでもお役立ていただけるなら、とても嬉しいです。

他にも、なにか、私の気づいていない失礼や、説明不足の点がありましたら、
よろしくご指摘・ご指導ください。

ありがとうございました。
甘いものが苦手な人なら
私は チョコではなく おいしいおせんべいを贈ろう

自分は真っ黒だからと自分を愛せない人がいたなら
私は 黒も神様が作られた美しい色なのだから
大切で必要なの と説こう

イエスなんか知りたくないし嫌いだという人がいたなら
私は イエスという言葉を使わずに 主のことを伝えよう

深く落ち込んで登ってこれず 私を必要としてくれる人がいるなら
私は 自らそこまで降りていって
私が必要じゃなくなるまで 寄り添い下から支えていよう

甘いものが得意じゃなくて
黒いものに自分には足りない温かさを感じていて
自分で知らないうちにイエス様のことを知っていって
誰もいない絶望の谷の底の世界を 自ら体験したことのある
こんな私だからこそ
主は 今の私を 今の場で最大に用いてくださっている

主よ 私はそれだけは わかっています
私の主よ 今日もありがとうございます
あなたに 心からの感謝と栄光を 今日もお返しできること
本当にありがとうございます

そして 主が私に直接わかるようにと
思いもよらぬ見える形で励ましの心を届けてくださる
まぎれもなく主の使いである 優しく温かい方たちにも
心からの感謝と特別の祝福を
主の御名を通して お祈りしています


にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ
これで だめになるの?
やっぱり 誰かがいないとだめなの?
くやしい
一人でも ちゃんと立ちなよ
ちゃんと 進みなよ
ここで くじけるの?
情けないよ そんなの
つまんないよ その程度なの

もっと いろんな色に 輝きなよ
いつまでも にごらないで
だけど 変わらない あなたの色
まだ できてないよ

できるよ できるよ
変われるよ 進めるよ 輝けるよ

信じなよ

さあ いこう
未来のあなたが 待ってる



恥を捨ててひっぱり出してくる、私の過去のことばシリーズ。(苦笑)
たぶんこれは、20歳前後(クリスチャンになる前、キリストさえも知らない頃)のものだったと思われます。
過去の自分は本当に強気なヤツで、きっつい言葉で、容赦なくいつも自分を叱りつけていました。(笑)

でも・・・いつでも私の、一番の応援者なのです。

今の私は、何色に見えるのだろう。
自分が目指してきた色と、神様が私に望んでいる色は、ちゃんと一致してきてるかなぁ。
10年後や20年後にも、私は、この時の記事を、大切に読み直していこう。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教・クリスチャンへ
↑ 色とりどりに、素敵に輝くクリスチャンの皆さんが集う場所へ、ぜひおでかけください!