先日、車でスーパーに買い物に行ったときの話です。買い物を終えて停めてあった車を立体駐車場から出そうとしてたら、自分が出ようとする通路に大きな車(たぶんノアだったと)が止まってて、「これじゃあ出られないなぁ」と思いつつ、車に乗らずにそのノアのほうを見たら、ドライバーが降りてきました。何か故障でもあったのかなぁと思ったら、通路を挟んだ斜め前の車のほうへ歩いて行ったんです。で、その車のガラスを叩いて「ここで待ってたんじゃあ。なんで後から入ってくるんだっ!!」ってすごい怒ってました。どうも、ノアは、駐車スペースが空くのを持ってて、後からきたその車に入れられてしまったということみたいでした。まぁ、よくある話です。なのですが、自分も含めてどんどん買い物を終えた客が車を出してて、パッと見ただけでも2,3台は駐車スペースが空いてました。ちょっと心にゆとりを持って周りを見てくれれば、怒鳴らずに駐車できるのになぁと思いました。そんな状況だと怒らずにいられない人や黙って別の駐車スペースを探すひととかそれぞれだとは思いますが、こういうトラブルで事件になったりということも少なからず聞きますね。そんなことになったら嫌なので、そのおじさんに「ここ空くよ」って言ってあげました。そしたら、トーンも下がって、通路を塞いでることも気づいたのか車に戻っていって事なきを得ました。
そこで、”ゆとり”という言葉、「ゆとり教育」で随分と耳にしましたが、ここ数年、2chを始めネット上では、蔑称としてネガティブな意味で使われてるそうなんです。「ゆとり教育」が学力低下を招いたというところから来てるそうなんですが、日本語の使われ方もめちゃくちゃですね。
この”ゆとり”って言葉を調べてみると、明確な語源は分からなかったんですが、たぶん、”ゆったり”から来てるんだろうなぁってことでした。
”ゆったり”は”寛”と書いて”ゆた”と読む言葉からきているそうで、
万葉集の中に、
~ かくばかり 恋ひむものそと 知らませば
その夜は寛(ゆと)に あらましものを ~
(訳:これほど恋しく思うものと知っていたなら、
あの夜はゆっくりとした気持ちでいればよかったのに)
という歌でも使われています。
こんな切ない素敵な歌にも使われる綺麗な言葉が、蔑称で使われるのはツラすぎますね。
物が溢れて、便利が当たり前になってる世の中だから”ゆとり”な世になってるのかと思えば、まったく違ってましたね。”物”はどんどん”ゆとり”ある世界になってますが、その裏返しで、考え方や人間関係など目に見えないモノが、どんどんギスギスした”ゆとり”のない世になってます。
みんなが、ほんのちょっとだけ、心にゆとり(余裕)を持てれば、とっても気持ちの良い平和な世になるような気がするのですが・・・





