キング牧師 | ライジング

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脈略のない乱文・乱筆の嵐.....そう雷神goo




1日過ぎてしまったけど、4月4日は、マーチン・ルーサー・キング牧師が凶弾に倒れ、神に召された日です。彼の黒人解放への情熱はまさに無償の愛そのもです。
そして、このワシントン大行進で行われた演説。こんな力強い感動的な演説は聞いたことがありません。英語なんて解らないのに、聴衆の先にある自由や希望、夢をも見ている揺るぎない声に表情に体中を電気が走り震えるような思いをします。
彼との出会いは、中学の教科書でした。「I Have a Deram」というあまりに有名な1節ですが、その当時、この言葉の根源にある苦しみや痛みを伴ってきた歴史を知ろうなんてこれっぽちも思いませんでした。学校の教材の一つでしかなかったんです。今思えばとっても残念で悔しいことです。彼に関心をもったのは、すっかり大人になってからで、きっかけが今ひとつ曖昧なのですが、図書館でたまたま彼に関する本を手に取ったの出会いかなと思ったりします。
とにかく、若くして凶弾に倒れるまで彼は走り続けました。立ち止まらず、給水も取らず、ただただ前だけを向いて走り続け、黒人の公民権を勝ち取ります。そんな彼の遺志は、アメリカ国民だけではなく日本人も含めて世界の人々が同じ人権と自由を持ち、手と手を取り合って国境の無い、平和な地球を作らなければいけないって訴えているように思います。
40回目の命日となった彼へ深く哀悼をお願いします。


学校 学校 学校 学校 学校


この画像の12分からの和訳です。

私には夢がある。
いつの日にか、ジョージアの赤土の丘の上で、かつて奴隷であった者たちの子孫と、かつて奴隷主であった者たちの子孫が、兄弟として同じテーブルに向かい腰掛ける時がくるという夢が。
私には夢がある。
いつの日にか、私の4人の幼い子供たちが肌の色によってではなく、人となりそのものによって評価される国に住む時が来るという夢が。
私の父が死んだ土地で、メイフラワーの清教徒達が誇りとした土地で、
すべての山々から自由の鐘を鳴らそうではないか。
もしアメリカが偉大な国であるのなら、これは実現されなければならない。
ニューハンプシャーの豊穣な丘の上から、自由の鐘を鳴らそうではないか。
ニューヨークの稜々たる山々から、自由の鐘を鐘を鳴らそうではないか。
ペンシルベニアのアルゲニー高原から、自由の鐘を鳴らそうではないか。
コロラドの雪を頂いたロッキー山脈から、自由の鐘を鳴らそうではないか。
カリフォルニアの曲線の美しい丘から、自由の鐘を鳴らそうではないか。
それらばかりではない。
ジョージアの石ころだらけの山、テネシーの望楼のような山、
そして、
ミシシッピーの全ての丘から、自由の鐘を鳴らそうではないか!
すべての山々から、自由の鐘を鳴らそうではないか!
そして
私たちが自由の鐘を鳴らす時、
私たちがアメリカの全ての村、すべての教会、全ての州、全ての街から自由の鐘を鳴らすその時、全ての神の子、白人も黒人も、ユダヤ人も非ユダヤ人も、新教徒もカソリック教徒も、
皆互いに手を取って古くからの黒人霊歌を歌うことができる日が近づくだろう。

「自由だ、ついに自由だ、全能の神よ、感謝します。ついに我々は自由になったのだ」と。