バローで買った、Felice(フェリーチェ)という農園から仕入れられたレタスが

シャキシャキで、美味しかった♪

水耕栽培って、どんな栽培の仕方だろう?


内容量は少ないのかもしれないけど、一人暮らしの私にとってはちょうどいい♪

これがバローで売られているうちは、このレタスを買おう。


ネットで調べてみたら、この農園は滋賀県にあるらしく、

イチゴ狩りやブルーベリー狩りもやっているみたい。

岐阜からなら、割と近いよね。

友達を誘って行ってみようかな。


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スーパーの野菜売り場を回っているとき、

ついつい、野菜がもう少し安かったらなぁ。とか思うときがある。


こういうときには、弟とお母さんの言葉を心で繰り返すようにしている。


「おじいちゃんやおばあちゃんが、あんなに毎日頑張って畑に出ているのに、

それが、あまりにも安売りされていたら嫌じゃない?」


そうだよね。

夏の暑いときも、冬の寒いときも、

朝早くから夕方遅くまで畑に繰り出している祖父母の姿を思い浮かべたら、

ありがたいなぁ、と思ってお金を出せる。


そういう人の手がないことには、野菜はできないわけだから。

こういう気持ちが素直に沸く、というのは農家に生まれて良かった。と思う瞬間だ。


おじいちゃんと、おばあちゃんが農家として頑張ってきたって話を

先日のお葬式の帰りに初めて母がしてくれた。


先日のお葬式はとても悲しく、心痛かったのに、

しゃべりまくっていた祖父母に、私は嫌気がさしていた。


自分の中の正義感とか、こうしたほうがいい。というような指針から

大分はずれている祖父母をあまり良く見られなくなっていたんだけど、

そういう素直な気持ちを正直に母に話したら


「うーん。まぁ、そうだよね。

でも、私はね、昔から、夏の炎天下のときも、冬の寒いときも、

毎日毎日畑に繰り出して、野菜やお米と向き合っているおじいちゃんとおばあちゃんを見てるから

一言で嫌とは言えないし、繭ちゃんの意見に簡単に賛同もできない。


繭ちゃんが嫌だって言っている、おじいちゃんやおばあちゃんの姿は、

繭ちゃんの目から見ている一面でしかないからね。」


と言っていた。


今でこそ、農業というのは評価されるようになったけど、

母が子供だった頃はサラリーマンの家がすごい!みたいな感じで

農家というのは、わりとバカにされていたらしい。


だけど、毎日頑張っている祖父母を見ていたから、

農家出身の自分が恥ずかしいと思ったことはあっても、

真っ向から否定する気持ちにはならなかったんだとか。


やっぱり、人の熱意って、伝わる。


その話を聞いて、私はなんだか自分を恥ずかしく思えた。

世間の評価が正しいとは限らなく、評価は変わっていくものだってことも。


お母さんの時代に比べると私には選択肢がたくさん用意されていると思うけど、

何かを選択するときに、

自分がこれがいい。と思う感覚や本音を大切にしよう。とより一層思った。


そして、毎日自分が料理するときやご飯を食べるときに、

頂けることへの感謝を少しだけ意識したいとも思う。


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アナと雪の女王、もう一回見たい。

と思っていて、英会話を一緒に受けている友人に


「もし興味あったら行きませんか?」


と言ってみたら、


「私も行きたいって思ってたの!でも、繭さんはもう見たって言ってたから

諦めてたのよ~。娘も興味がそんなにないみたいだし。」


だって(笑)

何でも言ってみるものだなぁと思う♪


こういうシンクロは単純に嬉しい♪

昨年の11月にNHKで放送された100分de名著のアラビアンナイトが面白すぎて、

未だに何回も見てしまう。

何回見てもワクワクしてしまう♪


この中で話している、指南役の西尾さんの考え方がとっても素敵なの。


アラビアンナイトの魅力は、物語を聞くことの喜びという物語本来のパワーがあること。

自分が癒されたときが、物語の結末。


なんて、素敵じゃない?!


今まではグリム童話ばっかりだったから、

時間ができたら、アラビアンナイトを読みふけろうと思う。


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志方あき子さんの音楽に、最近再ハマリ。

特に、春告げ、謳う丘、片翼の翼など、最高!


何が最高って、歌詞そのものよりも、ここで唄われている歌詞。

というか、音そのもの。響きというのかな?


あぁ、私もイタリア語をこんだけ綺麗に発音して歌いたい!

日本語は母音ばかりだけど、この曖昧な響きがする子音の音とか、

唇に力を入れたような音とか、口から吹き出すような音とか、舌を巻いたような音とか。


音楽に乗ると、こんなに心地よく響くんだ。


私、今までは大好きなイギリスとドイツの影響で、

英語とドイツ語も好きだなぁ・・・って思っていたけど、

次にやるならイタリア語!


イタリア語の響きは、聞かせるための心地良い音なんじゃないのかなぁ。


謳う丘は、日本語の繊細さというか奥ゆかしさ?がよく出ている気がする。

英語と日本語って、全然違うから、日本語を英語にするのに、

だいぶ日本語を分解しなきゃいけない。なんて話を先生としていたんだけど、

一つの表現にいくつものニュアンスが加わっているのが日本語の素敵さだと思う。


翔け舞う、朧、たゆたう。

あと、涙の硝子とか、想いの碑、無の海。


優雅・・・とうか、言葉を選んで、洗練されている感じがとってもいい。

「たゆたう」とか「朧」とか、英語にないんじゃないかな。

この微妙なニュアンス。

日本人の感覚って、こんなにも繊細。



昨日は一日中、あくびがとまらなかった。

ここ、2~3日は6時間近く、しっかり寝れてるのに。


春になってから、本当に眠い。


と、思っていたら、今日は急に頭も気持ちも冴える♪

昨夜は2時迄、電気つけっぱなしで中途半端に寝ちゃって、

慌ててお風呂に入って、きちんとベッドに入ったのは3時半なのに。


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眠気とともに、少し気持ちが不安定。

変な焦り感は、思わぬ嫉妬とか、ちょっといじわるな気持ちを呼ぶ。


こんなときこそ、意識して自分を見つめて、自分を信じることが大切。


私のパステルアートの先生曰く、

イライラしたり、嫉妬したりすることは仕方ない。


それよりも、今、私イライラしてるなぁ~。こんな気持ちになりたくないのに。

と客観的に分かっていることが大事なんだって。


イライラしてるからって、他人にいじわる言ってもいい、なんてことはないし、

自分のこと蔑んでも、むなしくなっちゃう。

特に嫉妬って、最近思うけど、百害あって一利なしだなって本当に思う。

うらやましい、って思ったところで、自分がその人になれるわけじゃないし、

同じになっても自分がその人の立場で同じ幸せを感じるかなんてわからない。


そう思うと、やっぱり、少し下がってしまった自分の気持ちに自分が寄り添って

自分を信じてあげることが大切。


今日は気持ちが穏やかだった。

だから、同じものを見ても、穏やかに受け止められた。

そういう状態に自分を保つことが、いちばん。

そして、そういうときに、幸せはぐーっと引き寄せられてくると思う。


あ、なんか、今、いいことに気付いたぞ♪


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全ては、つながっている。

今、やっていることが、次への準備。


だから、やっぱり、少しだけ、いつもの動作に心と丁寧さを添えたら、

次がより穏やかに、迎えられる。


あぁ、結局、今日もこの結末だね。

でも、いいんだ。

この気持ちに立ち返れることが、今の私にはきっと必要だから。