わたしは、前世とか信じてないです。
自分の五感で認識している世界以外は、想像や妄想です。
その上で。わたしが生まれ変わる事があるならば、まず、「人間」として生まれ変わるのは、やめようと思う。いまの自分には、失望と希望とあるならば、失望が9割で、希望が1割だ。
以前、「樹になりたい」という記事を書いた。 その想いは、つのるばかりだ。
人間は、どこに向かおうとしてるのか。
つつましく、戦略的に生きる、植物として次の世があるならば、生きたい。
みんなと仲良くしましょう。
困ったら、話合いをしましょう。
そんなのは、ウソじゃんって。
わたしが、唯一離婚を選ばなかった理由は、多分、そこにある。
子どもに、「違う価値観の人間とかかわる」ことについて、争う以外の方法を模索したことを、誇りに思う。
裁判は、戦うこと。
どっちが正しいか、正しくないか、の「戦闘」である。
そのやりとりを、たくさんの時間やお金を使って、行うのが離婚裁判だと、まぁ、いろいろな方の離婚ブログを読んで感じた。
で、なんか、結論として。
地球の生きる長さの上で、わたしが「争う」エネルギーは、”無駄”だと思った。
争いは、何も生まない。消耗する以外、なんの利益があるだろうか。
人間は、今にはじまったことでなく、何千年も戦ってばかりだ。
その人間に、どう、希望を持とうか?
わたしは「芸術」や「文学」や「植物学」に希望を見出している。
それでもって、反戦主義をつらぬいた、ヘルマン・ヘッセの「デミアン」について、つぎから、書こうと思っている。
デミアン読むのは、3周目くらいだ。
深い。