ブログの記事を、恐る恐る消してみた。 何も変わらなかった。
データが消えただけであり、わたしの存在は消えることがなかった。
どの記事も、ことばも、わたしの内部からあふれ出たものであり、どの写真も、わたしの憧憬と夢を映した記憶の映像である。
僅かな、軋みは、どこかで「読んでくれている人」と繋がった時に、生まれた。次もこんな映像がいいかもや、本来のことばよりも、肌触りのよいことばを、選んだかもしれない。
記事を消す。
削れないものだけが、「真のわたしの姿」だろうかと。
残ったのは、4つの記事、わたしを生かしてきた、本の記事だけだった。 わたしの源流を見つけた気がした。
この流れのなかにさえいれば、すべてはうまくいくんだ。青い流れ、それは自分の根源的なところから…流れてくる流れ。
今朝は雨の音の中で小鳥が鳴いていた。
風がない強い雨の音は、頭のてっぺんから、ザーと身体の内側に入って、頭やこころの隅に残ってる残渣を、流していく。
雨の日の波乗りが好きだった。濡れた砂浜は足の裏にヒンヤリと吸い付く。傘はいらない。どうせ濡れるから。そのウエット越しだけど、頭から雨に濡れて歩くのがいい。髪の毛から滴る雨、海に向かう。顔にも雨粒が流れていく。 空の雲からあふれ出た雨が、わたしを通り抜けて、砂浜に吸い込まれていく。準備体操して、リーシュつけて。波打ち際。一気に引き波が来て、足の指で砂をつかんで立つ。 空からの恵みの雨に繋がれて、わたしは海に還る。白い波をかき分けて。
なんか、そんな日のことを、思い出したよ。
あぁ、それで、今 何しているかって?
撮るのも、書くのもやめてない。
写真と写真のあいだに流れていた時間を、物語として可視化することを、試みている。
「バラバラに存在する自分の残像」を、一本の流れに繋げるためにStoryを書き始めた。
作家になりたかった。
小さい時の夢。夢をかなえよう。
小説家でなく「小説を書いた人」になら、書ききれば、間違いなく到達できるからね。
初稿だけど8章まで書き終わった。すこしずつ、バラバラな糸を拾い集め、ことばをつむぐ。
森を歩く、海に佇む。本を読み、小さいガーデンを育てる、写真を撮り、小説を書く。
こんなエキサイティングな人生を歩めて、幸せだ。
天使の形の 雲に出会った日
きよらかな光と色
透明な風をうけて あるいた

