ブログを書いてみて1年経った。
ふわふわとした自分の気持ちを言葉として落とし込むことは「たしかに歩いた」と足跡を残すこと。
写真を撮ることは「ここで感じた」と映像を残すこと。
わたしは「生きている」と自分が実感する時間は「感じる」ことであり、自分がもっとも最上位に置く価値観、大切にしていることは過ぎ去っていくその刹那の一瞬を「感じきる」ことなのだと分かった。
生きること=感じること
これが、わたしの最も大切にすること。
感じることが多いことは、毎日がドラマティックである反面、疲れやすい。
特に苦手なのは、戦争や暴力であり、強者が弱者を支配する、痛みを感じない、いのちを引き裂くような残虐な言動。
年明けから、国内外のニュースが重く元気がなくなってしまった。
もともとテレビは見ないが、ネットも見たくない。YAHOOのブックマークも消してしまった。
だから今日は何もしない。元気がないのだ。
布団の中で強い風の音を聴きながら、窓から見える向かいの家の屋根や、その上の空や、右から左へ飛んでいく飛行機を、ずっと眺めていた。
外へ出なくても、落ち葉がアスファルトをカラカラと鳴らす音や、洗濯物がはためいて物干しざおとハンガーの擦れる音や、電線が軋む音を、感じていた。

人間はどこに向かっているんだろうな?
知恵をしぼって、新しい技術で生活を豊かにして、便利になっていくはずなのに、どうして幸せな未来が描けないのだろう?みんな不思議に思わないのだろうか。
日本は経済が停滞しているから、元気がないのだろうか?
賃金があがって経済が回り、社会全体の活気が良くなれば、幸せに近づくんだろうか?
わたしは、幸せにならないと思う。
目に見えないものを粗末にしているから。たくさんの人が「感じる」ことを忘れてしまっているから。
子ども達の心が、身体が大きくなっても「育っていない」ことに大人は気が付かないのだろうか?
数字で見えるものしか見えなくなった今の大人にできていないこと、AIに出来ないこと、お金に出来ないこと。
「聴く」
人はどんな時に成長するんだろうか?どんな時に生き生きとした喜びを感じるんだろうか?
生きている、生きている、自分は生きている。
みんなが、そんな歌が奏でられるような世界になるには、どうしたらいいんだろう?
今年は、写真もだけれど、少数派の自分の世界の見方もすこし書けたらいいなと思う。