少し気持ちがざわついているのをニュースのせいにしていたが、そうではないと気付く。
他人のせいではなく、自分の中から生まれているざわつき。
「人のせいにするなよ」と自分に発破をかける。
2年前、わたしは夫に内緒でセカンドルームを借りた。契約は2年。
年明けにセカンドルームへ行き、ポストを見ると不動産屋から書類が届いている。開ける前から分かってはいたが、部屋の契約を更新するかどうかの確認の書類であった。
気持ち自体は「契約は更新しない。」と決まっていた。
ずっと家賃を払うなら、マンションを買うお金を貯めたほうがいいなとか。頑張ればURの団地の分譲を買えるかもとか。
なにより「秘密」を持っていることが、嫌になってきたのが正直な気持ちだろう。
写真を撮りに遠方に車を走らせる。
不慮の事故を起こしたり、巻き込まれて自分が死んだら、まず連絡先になっている長男に迷惑がかかる。そのうしろめたさが、日に日に大きくなってきたのだ。どんな理由があっても、子どもに自分の都合の「負」を負わせるわけにはいかないのだ。
今後、部屋を借り続けるのであれば、夫に「別宅を借りている」と告げるのが、筋だ。
さて、自分の始末をつける時がきた。はじまりがあるなら、おわりもある。
そして退去日の電話連絡をして「退去届」を送った。
2か月後に退去となる。
自分の戻る家に「自分の居場所」を作らないといけない。
セカンドルームと同じように、モノがなく整った「わたしの居場所」をきちんと用意するのだ。
気に入って買ったペンダント照明が似合う部屋に。リネンのカーテンが似合う部屋に。
kintoのガラスのコーヒーカップで休めるように。
好きな本が並べられるように。
わたしの大好きなカメラを眺められるようにして、ちいさな4畳半のお城を作りたい。
仕事では人前で話すオファーがあり、これも何だかざわついている。
でも、こういったことも「受け取り上手」になろうと思う。いただいた機会は両手で受け取ろう。
せっかくブログで「気持ちをことばにする」練習を重ねてきたのだ。
自分の経験が、新しい職員や悩んでいる職員に役立つかもしれない。
さぁ、2年ぶりの大きな変化の時を迎えている。
冬の枯れ木のように、すべてを落とそう
過去の出来事や、負の感情や、自分や他人に対する淡い期待や、徒然
枯葉に乗せて、強い北風に吹かれ
すべてを落とそう
冬の落葉樹は、すべてを落とすではないか
その立ち姿に、わたしは勇気づけられてきたではないか
すべてを落とし、あらわになったなったその裸の樹の立ち姿は
力強く天に聳え 枝ぶりは繊細で 冬芽をつけ
そして幹の内部では 春に向けて 大きな力が流れ
あふれるいのちが 溜められているではないか
あたらしい春に向けて
わたしは わたしの「樹」になろう
わたしの好きな すずかけの樹
