すこし背伸びをして、カーテンクリップからリネンのカーテンを外す。切りっぱなしの薄い白いリネンは、片側から外れていき、さいごに一枚の布となり、フワリと床に落ちた。
大きな窓からは、初めてこの部屋に来た時に見えた、大きな青空と遠くに森が見える。
正面には遠く桜の樹があるはずだ。もう、この部屋から咲いた桜を見ることはないけれど。
次に慎重に脚立に上る。ここで落ちて怪我をしたくないな…
小さな気泡の入ったガラスの丸いフォルム、鈍い金色の留め金のネジを外すと、とても気に入って買ったペンダントライトが、すっぽりとわたしの手に入った。ガラスのランプシェードをそぅっと買ったときの箱に入れ、もう一度、脚立に上る。
コードとカバーを外すと、天井に無骨なソケットがあらわれた。
淡々と荷物を部屋の隅にまとめていく。意外と沢山の本を持ち込んでいたことに気づいたり。
退去日までに、どうやって荷物を運び出すか思案する。
部屋の中には何もなくなり「わたしの部屋」は、よそよそしくなった。
次の住民を待つだけとなったこの空間を、わたしは他人の出来事のように、遠く眺めた。
だって、悲しくなりそうだから。
事実は小説よりも奇なり。
わたしは2年間、週末をこの部屋で過ごした。たしかに、過ごした。
でも、それは本当のことだったのだろうか?と思ってしまうのだ。
この部屋で思ったこと、感じたこと、ノートに書き綴ったことば、眺めた風景、流れた時間。
ゆれるカーテン、電車の音、飛行機の音、窓から見た白い雲、立ち上る紅茶の湯気、小さなパン、あたたかいスープ、何もしないで眠りについた。
息を吸う、息を吐く、その音さえも…すべては「わたしだけ」のための完全な世界。
さよならは、春だから、それだけ
なにも、かなしむ、なんてことないさ
この部屋でさいごに読む本を選んで、図書館から借りてきたから、リュックから出した。
わたしらしい本を選んだと思う。
「センス・オブ・ワンダー レイチェル・カーソン著 川内倫子写真」
部屋でなく、外へ。
自然の中で、触れ、感じ、味わい…、わたしは生きている、生きているよろこびを、全身で全霊で、感じよう。
そして、できたら、川内倫子さんのような写真が、すこし撮れたらいいなと思っている。
プロフィールに書いた「わたしがわたしになる旅の途中」
わたしは、わたしになったよ。
セカンドルーム 502 完


