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私が見た映画たち

映画は好きだが、時間もお金もない私。

それでもめげずに見てきた映画たち。

ホメたりけなしたりと忙しい…

本ブログがキッカケでここに載った映画たちのいずれかに興味を持っていただければ、幸いに思います。

運命的な出会いの末、電撃結婚したジョンとジェーン。しかし、この2人には互いに相手に知られたくない秘密があった。表向きは建築業ということになっているが実は、ジョンは直感を頼りに修羅場をくぐり抜けてきた一流の殺し屋、ジェーンも最新鋭のテクノロジーを駆使してミッションを遂行する暗殺エージェントのエースだったのだ。しかも2人が所属する組織は反目し合っている間柄。互いに正体を隠し結婚生活を送っていた2人だったが、ある時ついに、ミッション遂行中の現場で鉢合わせ。正体がバレた以上、たとえ愛する人でも抹殺するのがこの世界の掟。さっそく2人は相手を始末すべく、壮絶な戦闘を開始するのだが…


ジョン・スミスとジェーン・スミス、何だか英語の教科書にでも出てきそうな名前だ。

どうせ偽名なんだろうが。

互いに相手を始末しなければ自分が組織から始末されるから双方ともに必死である。

6年間共に過ごした愛の巣を銃撃戦でハチの巣と化しての凄まじい戦闘、これほど壮絶な夫婦喧嘩は滅多にないだろう。

が、交わす会話になぜか笑えてしまう。

わかったことは、男より女の方が容赦ないってこと。

世の亭主どもは気をつけた方がいい。

「君の料理は最低だ」と言われた日には、私だったら問答無用でズドン!だな…

ジェネオン エンタテインメント
Mr.&Mrs.スミス プレミアム・エディション

高校生の朝子は平凡すぎる毎日に耐えられず、ある日、衝動的に部屋の中の物を全てゴミ捨て場へと持っていってしまう。そして親にも内緒で学校からもドロップアウト。そんな日々の中、彼女は自分が捨てたパソコンを持っていった小学生のかずよしと再会する。かわいい顔だがクールで大人びたかずよしは、インストールし直したパソコンを使って一緒に簡単なバイトをしようと提案する。それは、エロチャットでサイバー風俗嬢になってエッチな会話をするというもの。朝子は26歳の人妻“ミヤビ"と称することにする。2人は押入れの中でパソコンに向かいエロチャットを始めるのだが…


最年少芥川賞作家、綿矢りさの処女作を映画化


これを書いたときの作者の年齢が17歳と言うから恐れ入った。

風俗をサイバー世界にすることで17歳という年齢が持つ知識の限界をカバーしていると感じた。

飛び交う用語も今どきの17歳ならこの程度は知っているだろうと思っているので別に驚きはしなかった。

ませた小学生役の神木隆之介の演技を見たのは初めてだったが、騒がれるだけはあると感じた。

原作は読んでいないのだが、私的には受賞作の「蹴りたい背中」よりこっちの方が面白いと思う。

芥川賞を受賞するのなら本作の方が相応しかったのではないか?

友達の急死で少し人生を考え直す朝子。

「退屈でもくだらなくても生きていたい」確かに死んだら元も子もない。

最後にかずよしが朝子に言っていた言葉

「インストールって最初の設定に戻るだけ。新しい機能が増えたわけでもなく何も変わらない」


この映画は興行的になぜか冷遇されていたようで、私が住んでいる地域での公開はなかったようだが、主演の上戸彩がただのアイドルではないと証明されたのではないのだろうか。

「おっぱい触ってみる?」と言ったり、大の字になって寝転がってパンツ見られたり。

この映画への出演を許したオスカーの英断に敬意を表する気になった。


ここしばらく綿矢りさは書いていないようだが、もう書かないのだろうか?


ハピネット・ピクチャーズ
インストール コレクターズ・エディション (2枚組)

アメリカ東部のニュージャージーに暮らすレイは労働者階級のごく平凡な男。別れた妻との間には息子のロビーと娘レイチェルがいた。そして子どもたちとの面会の日、晴天だった空が突如不気味な黒い雲に覆われると、吹き荒れる強風の中、激しい稲光が地上に達し、地面に巨大な穴を空ける。すると大地が震え、地中で何かが激しくうごめき始めたのだった。その光景を呆然と見つめていたレイ。そして、町が破壊され、人々が殺される中、レイは子どもたちのもとへ駆けつけ、彼らを守るため懸命に奔走するのだった。


1953年に続き、二度目の映画化。


ここ数年、ハリウッドはリメイクものが多い。

ネタ切れなのか?それとも、オリジナルを見ていた世代が大人になって憧れの作品を自分の手で映像化したいと願うからだろうか?

「マイノリティー・リポート」に続くトム・クルーズとスピルバーク監督の二度目のコンビということだったが、これは大味のような気がした。

折角、ダゴダ・フェニングという名子役をもってきながら、ただ叫んでいるだけのレイチェル役はもったいないと感じた。

それにしても、トム・クルーズもあんな大きな息子のいる役をやるようになったんだな~としみじみ思ってしまった…


パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン
宇宙戦争

失業中の父、母、そして2組の寝たきり祖父母に囲まれ貧しいながらも幸せに暮らしている少年チャーリー。彼の家のそばには、ここ15年間誰一人出入りしたことがないにもかかわらず、世界一のチョコレートをつくり続ける謎に包まれた不思議なチョコレート工場があった。ある日、工場の経営者ウィリー・ウォンカ氏は、全商品のうち5枚だけに入っている“ゴールデン・チケット”を引き当てた者にだけ、特別に工場の見学を許可する、と驚くべき声明を発表した。そして一年に一枚しかチョコを買えないチャーリーも、奇跡的に幸運のチケットを手にし晴れて工場へと招かれるのだが…


'71年の「夢のチョコレート工場」に続いて二度目の映画化。

ウォンカ役のジョニー・デップが整形を繰り返したマイケル・ジャクソンに見えてしまった…


5人の子どもはチャーリー以外は皆、一癖も二癖もあるムカつくガキどもだった。

ウォンカの案内で工場を見学しているうちに次々とひどい目に遭って"脱落"していくのはいい気味だと思った。

ウォンカは明らかに社交性がほぼ完全に欠落している人間である。

完璧な社交性を備えている人間はいないし、誰でも多かれ少なかれ社交性を欠いているようなところはあるが、ここまで欠落している人間は滅多にお目にかかれないだろう。

子どもの頃、父親に反発して家出したこと、15年前、ウォンカの成功をねたんだ同業者が従業員としてスパイを送り込み、秘密のレシピを盗んだこと。

ウォンカは従業員を全員解雇し、一度は工場を閉鎖した。その後、工場は再開したが、かつての従業員で戻ったものは誰もいなかった。人を信じられなくなっていたのだろう。

監督のティム・バートンは実際にセットを作って撮影することにこだわりを持っているという。

だから、映画の中に出てくる"チョコレートの川"は本物だという話だ。

その光景、匂いの中に自分がいる図を想像すると、いかにチョコレートが大好物の私でも「もうエエわ」と思ってしまった。

ワーナー・ホーム・ビデオ
チャーリーとチョコレート工場

東京湾沖で訓練航海中のイージス艦“いそかぜ”が乗っ取られた。それは、副長の宮津と某国対日工作員ヨンファが共謀して実行したものだった。すでに艦長は殺害され、乗務員たちも強制的に退艦させられる。さらに宮津は政府に対し、全ミサイルの照準を東京・首都圏内に合わせたことを宣言するのだった。しかもその弾頭には、僅か1リットルで東京を壊滅させる特殊兵器“GUSOH(グソー)”が搭載されていた。政府が対応に手間取る中、艦の構造を熟知している先任伍長の仙石が独り艦を取り戻しに向かうのだが…


原作は上下巻の長編のようだ。幸か不幸かまだ読んでいない。

「撃たれる前に撃つ、それができぬ者は国家ではない」と言い切った宮津の言葉。

宮津に従い政府に反旗を翻した海上自衛隊幹部たち「この国は一回滅びた方がいい」

確かに今の日本の中韓に対する外交姿勢を見ているとそう言いたくなるのも無理からぬことと思える。

現在に至るまで日本政府は問題を先送りしてきただけだ。竹島問題、東シナ海ガス田、尖閣諸島等々。こんな日本政府の姿勢のせいでどれくらいの国民が迷惑を蒙っただろう。

「国民を守れない政府が国家を名乗る資格はない」

日本政府に愛想をつかして自衛隊が反旗を翻す、小説の中の出来事が現実になってもおかしくはないのではないか?

だが、宮津も彼の部下たちも日本という国を愛していたのだ。それは間違いないと思う。

だから彼らは自分たちの過ちを必死で償おうともしていた。

「国家とは何か?」考えるためにも原作を読んでみようかと思っている。


物語中で仙石の他に重要な役割を果たしている若き航海士(実は防衛庁特殊組織の工作員)

如月行役の勝地涼は今後注目したほうがいい役者だと感じた。

ジェネオン エンタテインメント
亡国のイージス

名優ローレンス・ハーヴェイの娘として生まれ、何不自由ない恵まれた生活を享受するドミノ。

しかし、父はドミノが幼いときに亡くなり、母は再婚相手探しに夢中。上流階級の生活に空虚さばかりを感じてしまうドミノだった。やがて15歳となり美しく成長したドミノはトップ・モデルとして活躍する。しかし彼女の心が満たされることはなかった。大学進学後も荒れた生活が続く。そんなある日、新聞で“バウンティ・ハンター募集”の文字を目にした彼女は、自分が求めていた何かがそこにあると確信するのだった。


ドミノ・ハーヴェイは実在したバウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)だ。

奇しくも本作の完成直後に自宅で不慮の死を遂げた。享年35歳。

監督のトニー・スコットがどういう理由でドミノの生涯を映画化しようと思ったかはわからない。

沢山盛り込みすぎて焦点がボケてしまったという感がある。

キーラ・ナイトレイの体当たり演技やミッキー・ロークなどのキャストが生かせず残念。

最後に保釈されたであろうドミノがあれほど反目していた母の許で静かに暮らしている姿に興ざめ


映画のラストシーンで本物のドミノ・ハーヴェイが出ていたのだが、あんな厳しい世界で生きてきた人とは思えないほど穏やかで気品のある女性に思えた。


ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
ドミノ

魔法と科学が混在する世界のとある国。愛国主義が全盛を誇り、いよいよ戦争が目前に迫っていた。父の遺した帽子店を切り盛りする18歳の少女ソフィーは、ある日町で美貌の青年と出会う。彼こそは人々が怖れる悪名高い魔法使いのハウルだったのだが、ソフィーは彼の優しさに心奪われる。だがその夜、彼女は荒地の魔女に呪いをかけられ90歳の老婆にされてしまうのだった。本当のことが言えずに家を出たソフィーは、人里離れた荒地をさまよい、やがてハウルが暮らす動く大きな城に潜り込み、住み込みの家政婦として働き始めるのだった…


宮崎駿監督初?の他人の原作によるアニメ。

この人の作品でかねがね不思議に思っていることは、プロの声優を殆ど使わないことだ。

玄人っぽくなるのを嫌がるからだろうか?


この作品は"女の子"のための物語、女の子の夢なのだと思う。

特に美人というわけではなく(ソフィーの妹は派手な美人だったが)これと言って取り得のない地味な女の子

がハンサムな魔法使いと恋に落ちる。

四の五の言わずにその夢にひたればいいのである。

ソフィーが90歳のおばあちゃんになってしまった後でハウルと暮らすようになるところがミソだったのだと感じた。

ソフィーのもともとの性格なのかおばあちゃんになったからなのかは不明だが、ハウルのかんしゃくもわがままも笑って受け止めてしまうような寛容さと安心感で事を収めてしまう。

ハウルも「本当は弱虫で臆病なんだ」とソフィーに本心を打ち明けたのも、ソフィーが90歳のおばあちゃんの姿だったからではないかと思う。

いかに地味とは言え、ソフィーが若い娘のままだったら、ハウルは本心を打ち明けただろうか?

若い男は若い女の前ではカッコつけたがるものだ。


ハウルの声をやっていた木村拓哉には違和感を感じなかった。ただ、ハウルの姿がキムタクに似ていた

ような気がしたのでイメージ的にはキムタクが頭に焼き付いてしまっていたのだが。

ハウルの弟子とおぼしき子どものマルクルは、日本でも指折りの子役、神木隆乃介君が声を当てていた

のだが、マルクルは人前に姿を現すときは髭を生やした老人の姿になる。当然、声の方もそれに合わせる

のだが、素早い切り替えに驚いた。



ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
ハウルの動く城

実在したトップモデル、ジア・キャラジンの波乱に満ちた生涯を彼女の日記と関係者へのインタビューで構成。


ジア・キャラジン、1960年、フィラデルフィア生まれでニューヨークに行き、瞬く間にトップモデルに上りつめる。今で言う、スーパーモデルの元祖と言ったところであろう。だが、かなり重度の薬物常習者でそれが基で当時、まだ知識も情報も少なかった新種の病気、AIDSに感染。不遇のうちに26歳で生涯を閉じる。


本作品でジアを演じているのはアンジェリーナ・ジョリー、彼女が女優として注目されるキッカケを作った。

ジアは生涯に渡って愛に飢えていたように感じた。周囲の人々も彼女を愛したが、彼女はそれ以上の

愛情を相手に要求していた。自分がこれだけ愛しているのだから、相手ももっと自分を愛するべきだと。

彼女は大人で子どもで本能のままに生きていた野獣のようだった。

相手が彼女をもてあますと、彼女は拒絶されたように感じ、薬物に走った。

亡くなる少し前、彼女は自分に欠けていたものに気づく。それは、自己抑制。

だが、アンジェリーナ・ジョリーが演じるジアはどこまでも美しかった。

トップモデルで我が世の春を謳歌していたジアもジャンキーになったジアも亡くなる少し前、病気でやつれ果てていたジアもすべて美しかった。

ジアの生涯はアンジェリーナ・ジョリーの半生と重なるようなところがあると思った。

彼女がジアと違っていたのは人生を変えるような出会いがあったこと。その結果として自己抑制を

身に着けたことだろう。


ジアは自分の人生を後悔しただろうか?

それはわからないが、彼女はああいう風にしか生きられなかったのだと感じた。

ジアが天国の門をくぐったとき、神様は「それでよかったんだよ」と言ってくれたような気がした。


ワーナー・ホーム・ビデオ
ジア 裸のスーパーモデル 完全ノーカット版


ロサンゼルスでタクシーの運転手を12年間勤めながら平凡な毎日を送っているマックス。ある晩、アニーという名の女性検事を乗せいい雰囲気なり、名刺までもらって上機嫌のマックス。次に乗せたのはビジネスマン風の紳士。ヴィンセントと名乗ったその男は、多額のチップと引き換えに一晩の専属ドライバーとなり、今夜中に5箇所を回るようマックスに依頼する。

最初の目的地でヴィンセントを待っていたマックスは自分の車に死体が落ちてきて仰天する。

実はヴィンセントはプロの殺し屋で5人のターゲットを殺すためにロスに来たのだ。

ヴィンセントの正体を知ったマックスは逃げようとするが、ヴィンセントに脅迫されドライバーを続ける

ことに…


コラテラル、巻き添えのことである。

たまたまそこにいただけ、それだけの理由で本人に責任があるわけじゃないのに災難が降りかかる。

こんな理不尽なことってない。

マックスにとってのこの一夜はまさに災難であった。


二人の大物俳優同士が火花を散らしているという様相の映画だった。

"健全"というイメージの強いトム・クルーズが正真正銘のワル、人の命を奪うということを純粋に仕事として

捉えている。

彼にとっては殺す理由なんてどうだっていいのだ。興味もないのだろう。

仕事として頼まれたから殺す、ただそれだけなのだ。5人殺すのも彼にとっては60億のうちの5人に過ぎない。

タクシードライバーをしながらリムジン会社の設立を夢見るマックスにヴィンセントは「12年もしていれば

それは"つなぎ"の仕事ではない」

「おまえは何も行動しない。朝目覚めると老いて『夢は叶わなかった』ことに気づく」

平凡な人生を送っている人間は大抵そうなのだろうと平凡な人生を送っている私は考えた。


トム・クルーズという俳優は正統かつ王道を行くハリウッド・スターであると思う。

まさに彼は正真正銘の二枚目スター、大金をつぎ込んだ世界マーケットの作品を背負って立つ

力量もあると思う。

良くも悪くもハリウッドの作品は商売上手であると感じる。

(最近はネタ切れの感が否めないが)

そんな商売上手のハリウッド作品に自在に対応がきく俳優、それがトム・クルーズであると思う。

それに対してマックス役のジェイミー・フォックスは"職人"を感じさせた。


最近のトム・クルーズ出演作に思うこと

自分が主役を演じててもなぜか脇の人を引き立ててしまっている。

本作ではジェイミー・フォックス

「ラスト・サムライ」では渡辺謙


パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン
コラテラル スペシャル・コレクターズ・エディション

工事現場で白骨化の進んだ一体の死体が発見される。解決が容易でないと判断したモントリオール警察はFBIに捜査協力を要請、それを受けて女性特別捜査官イリアナ・スコットが単身でやって来る。彼女は現場や死体の状況からあらゆる情報を読み取り、犯人像を鮮やかに割り出して事件を解決してしまうプロファイルの天才。今回も彼女の分析で捜査は進展を見せ始めた。そんな矢先、新たな殺人事件が発生する。しかし今回は目撃者がいた。目撃者コスタの情報から犯人がマーティン・アッシャーという男で、16歳から人を殺し、被害者の“人生を乗っ取り本人に成りすますこと=テイキング・ライブス”を繰り返してきたことを突き止めるのだったが…


初めの方でイリアナが死体が発見された場所で横たわっているシーンはドラマ「アンフェア」の雪平刑事を

思い出させた。「アンフェア」の製作者はこれを見たのだろうか?

彼女の青碧色の鋭い瞳とそれについて出てくる事件の手がかり、モントリオール警察の刑事たちが彼女に

ついて下卑た冗談を彼女にはわからないと思いフランス語で話しているのだが、本当はフランス語が話せる

ことを隠していて、刑事たちにズバッとフランス語で切り返すところが心憎い。

だが、天才プロファイラも一人の女性であることを彼女自身も思い知らされる。

恐らく彼女には生まれて初めての手痛い挫折だったのだろうが、ラストで仕掛けた罠は女性だからこそ

成立する罠なのではと思わせた。

テイキング・ライブス、人を殺しその被害者の人生を生きる、そして、その人生が窮屈になれば別の人生を

探す。ヤドカリのように。

欧米は戸籍制度に関してあまり厳密ではないという。そういうシステムだからこそ成立する犯罪なのでは

ないかと思った。

だが、日本はどうだろう?あきれるほど戸籍制度がやかましく、何をするにも戸籍が必要だ。

日本ではこのような犯罪は成立するだろうか?


ワーナー・ホーム・ビデオ
テイキング・ライブス ディレクターズカット 特別版