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翡翠のブログ

日々の徒然をつづっています。コメントは承認後公開させていただきます。

子ども日、久しぶりにあった友人とモーニングをした後は、別の友人と一緒にDVDを観ました。

 

薔薇の名前

 

ジャン=ジャック・アノー:監督

ショーン・コネリー:主演

 

ちょうど今、原作を読んでいるところで、でも、なかなかイメージしにくいなと思っていたところだったので、誘われて喜んで観ました。

ウンベルト・エーコ  薔薇の名前

 

原作の上巻を読み終わって、下巻の途中なので、ミステリー的には結末を知ってしまったわけですが。分量と理解の難しさに、脱落しそうでもあったので、映像で観たことで、先を読み進めたい気持ちが増して良かったです。

 

原作は、謎解き部分、暗号を解読する部分が相当多くページを割かれていたのですが、映画は、その辺りは、あっさり目で、物語りの展開を追いやすくなっていました。また、原作は登場人物が多く、名前を覚えきれず、誰が、どこで亡くなったんだっけ?状態で、謎を追える以前の状態だったのですが、映画は登場人物を映像で観ることができたおかげで、今後、原作を読む際に、頭の中で人物像を想像しやすく、読むのが格段に楽になりそうです。

何より、当時の文化、風習、特に修道院がどのようであったか、修道僧が、どのような暮らしをしていたかがイメージしやすくなりました。メイキング映像も観たのですが、考証は、なかなかしっかりされているようでしたし。

 

原作を読んでいて思ったのが、「異端」という言葉が非常に多くて、同じキリスト教の中でも分派によって、他派を「異端」と呼んでいる、この辺りは、現代でも人をレッテル視することが、同じことではないかと思いながら読んだのですが、映像だと、異端審問の恐ろしさが視覚的に伝わります。一方で、なぜ「笑い」を、「所有」を、「科学」を、「書物」を異端視するかについては、映像より原作の方が、より詳しく、述べられていました。正直、読み切れない、追いきれないほどの熱量で描かれています。

 

メイキングの監督のインタビューで、原作のエーコは、もっと悲観的で、映画は希望を含ませたと語っておられたので、その辺りを見比べてみたく、残りも頑張って読もうと思います。