大津(1)鞭崎神社 義仲寺 | 翡翠のブログ

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ゴールデンウィーク中に休みの予定が合う日に、どこかドライブに行こうということで、今日は大津に出かけました。

 

少し前に大津に能を観に行って、その演目に合わせて大津の史跡、神社を訪ねたのが、とても面白くて。

 

その会場にあったチラシの、能の演目の史跡を訪ねるツアーが、とっても興味深く、ぜひ巡ってみたかったのですが、あいにく予定が合わなかったので、代わりに、自分で少し巡ることにしました。

 

鞭嵜八幡宮 鞭崎神社

ここは直ちに、能の演目と関係する史跡ではないのですが、ツアーの解説、元々は、676年に天武天皇の命令により、大中臣清麿が矢橋八幡宮という名称で建てたのが始まりなのだそう。その後、鎌倉時代の1190年に、源頼朝が上洛する際に、馬上からムチ(鞭)の サキ(嵜)を八幡宮に向けて尋ね、下馬し参拝したことから鞭嵜八幡宮と呼ばれ鵜用になったのだそう。そして、明治時代、神仏分離令により鞭崎神社に改名されたのだそうです。

 

拝殿

 

拝殿の天井画

 

本殿の前では、神主さん、巫女さんがおられて、何か参拝されていたので、拝殿からだけお参りしました。

 

今井兼平の墓

今井兼平は、木曽義仲の乳兄弟で、粟津で義仲とともに戦い、義仲が討たれると、刀を口に挿しくわえ、馬から飛び降りて自害したという平家物語等の逸話を基に、謡曲「兼平」が作られています。平家物語が好きで、平家物語を基にした能も好きなので、今回、ぜひ訪れたかったところ。

 

江戸時代に兼平を尊敬した膳所(ぜぜ)藩主本多俊次が墓碑を建立し、その後、便の良い現在の地に移設されたのだそう。

 

続いて、近くの大津湖岸なぎさ公園に車を停めて、琵琶湖岸の景色の良い遊歩道と歩いて粟津の晴嵐の石碑へ。

 

 

それから、びわ湖ホールの横にあるカフェレストラン、なぎさWarms(ウォームズ)へ。当初は、「ここが、母さんがオペラで何度か来たびわ湖ホールだよ」とホールのカフェでランチしたかったのですが、ちょうど改修中で、ランチはしてないようだったので、以前に友人とオペラを観に来てランチした、こちらの店に行きました。

 

琵琶湖を望むオープンなカフェです。キッシュが美味しい。デザートは、私はバスクチーズケーキ、長男坊はミルクレープ、次男坊はジェラート。

 

ランチ後は、当初は近江神宮に行くつもりでした。先日、大伴黒主神社等を巡ったときに、タクシーの運転手の方に、近江神宮はカルタ大会が行われ、「ちはやふる」で有名にと聞いたのですが、そのときには巡る時間が無かったので。

しかし、ランチの店に行く途中に道路の案内に「義仲寺」とあるのを見て、むしろ能「兼平」と来たら、こちらだろうと変更しました。近そうだったので、お店の前の「打出の森駐車場」に車を停めたまま、歩いて向かいました。

 

義仲寺(ぎちゅうじ)

 

平家物語に描かれる木曽義仲は、平家討伐の兵を挙げて都に入ったものの、帰りに源頼朝軍に追われ、ここ、粟津で討たれて亡くなっています。この義仲寺は、義仲が葬られた塚があったところで、その後、松尾芭蕉が辺りの景観を気に入って何度も訪れ、大阪で亡くなったときに、遺言によって、ここに墓が立てられたのだそう。

 

松尾芭蕉と木曽義仲の資料館。

 

木曽義仲の墓

 

巴塚(供養塚)

木曽義仲と巴御前を描く能「巴」も、滋賀を舞台とする能です。

 

松尾芭蕉の墓

 

翁堂(松尾芭蕉の庵)

 

天井には、伊藤若冲の描いた天井画。ただし、こちらはデジタル再現された複製で、本物は、大津市歴史博物館に移されているそう。

 

堂の前の池には、亀がたくさん泳いで、また石の上で日向ぼっこしているのも多くいて、とても面白かったです。

 

能「志賀」を巡る謡跡の大伴黒主神社や福王子神社(紀貫之を祭神とする神社)は先日、既に訪れているので、代わりに、崇福寺跡をたどってみることにしました。

 

崇福寺は、天智天皇により、近江大津宮の守護寺として創建され、志賀越え山中の名所だったのだそう。昭和14年の発掘調査によって、仏舎利に見立てた水晶3粒が納められた舎利容器などの納置品が発見され、国宝に指定され、近江神宮の所蔵となっているのだそう。

また「志賀山越え道」は、平安時代に京都から近江崇福寺への参詣道として栄え、紀貫之は「古今和歌集」の中で「志賀の山越え」の歌を詠んでいるのだそう。

 

車で山道を進んで、途中で「崇福寺 500m」と標識があった場所で、この先道が狭くて、Uターンできないかもということで車を停めて長男坊が車に残り、私と次男坊で車を降りて先に進んでみました。

 

志賀の大仏(おぼとけ)

 

左が志賀峠、右が崇福寺跡の標識。

 

崇福寺跡の案内。

 

この右に、さらに道が続いていて、金堂跡・塔跡まで200m、弥勒堂跡400mといった案内も断っていたのですが、道も細いし、ツアーと違って2人で歩くには心細く、その先に進むのはやめて車に戻りました。

 

それから、お茶休憩に大津館に向かいました。平家物語が好きで、能「巴」も好きな私にとっては、楽しい小旅行でした。

 

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