奈良(5)興福寺 薪御能 | 翡翠のブログ

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奈良国立博物館の国宝展を観て、天極堂で葛餅を食べてお茶休憩した後は、薪御能の興福寺・南大門跡での「南大門の儀」を観に、興福寺に向かいました。

舞台あらため…興福寺 衆徒(僧兵)
宝生流能「三輪」…辰巳満次郎
火入れ…興福寺 衆徒(僧兵)
大藏流狂言「因幡堂」…茂山宗彦
観世流能「野守」…観世喜正

 

午前中の春日大社での演能が、開場20分前でも並んでいたので、今度は開場30分前に到着。それでも、やはり並んでいました。並んでまっているとチケットの確認があり、午前の部を観ている(プログラムを既にもらっている)場合はスマホ解説のQRコードの紙のみ、午後の部だけの人はプログラムも一緒に渡していましたが、見ていると、結構、午後の部からの人もいるようすで、途中で配布用にプログラムを取りにいってみえました。行く前の天気予報で金曜が雨の予報だったので、興福寺の演目が「なら100年会館」に変更になるかもと心配だったのが、なんとか一日天気が持ったのですが、同じく天気の心配もあって、金曜のうちに見に来ることにして、でも平日なので午前は間に合わず、午後から観に来たという方が多かったのかもしれません(土曜は、やはり雨で会場変更になったようです)。

 

興福寺。

https://www.kohfukuji.com/

 

南大門跡から入り、般若の芝に設営されていました。並んで北入口の南大門跡から入ったのですが、舞台から客席の場所が高く見下ろす形で、でも客席に傾斜が無いので、前の席の人で隠れて舞台は、あまりよく見えません。人と人の間から透かして、なんとか演者の上半身が見える感じで、最前列に座れなければ、いっそ舞台の左右の脇正面から見た方が、そちらは舞台を見上げる形なので、2列目以降であっても見やすいかもしれません。16:00開場、17:30開演なので、入場してからも時間が長いですが、席取り後、チケットを持って出入りはできました(お手洗いも、出て東入口の方でしたし)。

 

南大門跡から見える中金堂。前回の訪問時には中を拝観しました。

 

◆舞台あらため 興福寺 衆徒(僧兵)

最初に「舞台あらため」という儀式がありました。上掲の観光協会のサイトによれば、「昔、薪御能の舞台が野外の芝生であったことから、始める前に紙を芝生に敷いて踏み、芝の状態を見ることで能をするか 否かを決めていたことが由来」「現在は敷き舞台の上で行われるためその必要はありませんが、儀式を今に伝えるため古式にのっとり執り行われます。」「またその後、芝の状態を見た結果をお寺の外部の人々に伝えるために「外僉義(げのせんぎ)」文が読み上げられます。 これらの儀式はほかでは見ることのできない「薪御能」だけの特色であり、見どころです。」  というものだそう。

 

午前の部の開始時のように僧兵の装いの方々が会場にホラ貝の音と共に入場してきて、儀式を行い、宣言が読み上げられて開演となりました。

 

◆宝生流能「三輪」 辰巳満次郎

三輪明神が舞台となった能。

僧の玄賓の元に訪ねてくる女がいて、寒さからと衣を所望され与えると喜んで、三輪の麓に住んでいると言って消える。衣は三輪明神のご神木の杉にかかっており、知らせを聞いた玄賓が来ると女体の三輪の神が現れ、救いを求める。そして三輪の昔の神と人の物語、天の岩戸の神話を語り、神楽を舞い消える。

 

プログラムの解説には、古事記にある三輪の神話では人の女と結婚した蛇体の男神として描かれている大物主の神が、伊勢の天照大御神と一体であるとされ、さらに大日如来と三者が一体と考えられるようになったことが紹介され、物語りの展開としてわかりにくい部分や背景となる場所の地理なども紹介され、面白く思いました。実際の舞台は、そこまで考えなくても、ただ美しく神聖な雰囲気を感じながら観れば十分楽しめましたし。

 

三輪の後は、火入れがあり、狂言「因幡堂」が演じられ、休憩。

 

日が暮れてきて、雰囲気があります。篝火も興福寺 衆徒(僧兵)の方が薪に火を点け、上演中は神職の方が薪を追加したり、下の灰を掃いたりしておられました。また遠くから寺の鐘の音らしきものが聴こえてくるのも良きです(しかし、会場向こうが道路らしく、車の爆音も時々聞こえます)。

 

◆観世流能「野守」 観世喜正

大和の国・春日の里が舞台。山伏が池について野守に尋ねると、池が「野守の鏡」であること、水鏡が同時に、鬼神が持っていた鏡であること、鬼が昼は人の姿で野を守り、夜は塚に入って住んでいたと語って消える。山伏が塚の前で祈祷すると、鬼神が鏡を持って現われ、様々なものを鏡に映し出し、やがて大地を踏み破って、奈落の底へ消える。

 

演目としては、「三輪」より「野守」の方が後半に動きがあって、私が好きなタイプ。金色に輝く衣装を着て、盾のような鏡を持って舞う鬼神が勇ましくて華やか豪華で面白かったです。

 

能楽協会のサイトには、「能「野守(のもり)」は、「新古今和歌集」の「はし鷹の野守の鏡得てしがな 思ひ思はずよそながら見む」(はし鷹の野守の鏡が欲しい。恋い慕う人が自分のことを思っているかどうか、鏡に映してほしい)という和歌に構想を得て世阿弥が作った作品」「舞台である春日野とは、現在の奈良公園にある飛火野(とぶひの)のこと」とありました。

 

プログラムの解説には、野守鏡は烽火の管理者が持つ鏡で、里人との通信手段としての鏡と考えられること、またこの世とあの世の間の水面、異界の入口にもなるなどとあり、これもまた面白い。この薪御能のプログラム解説、とても読み応えがあります。

 

奈良の薪御能、観に来て、とっても良かったです。奈良にゆかりの演目という点が良い。二日目の復曲能「八重桜」も、春日大社や奈良の八重桜に所縁の演目の復曲だそうで観てみたかったなあ。一日がかりの公演なので、毎年、毎回来るのは難しいかもしれませんが、またぜひ観に行けたらと思う素晴らしい能公演でした。そして、それに合わせた奈良小旅行も、とても良い旅行でした。