蜻蛉日記 | 翡翠のブログ

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角川から出ている角川ソフィア文庫のビギナーズ・クラシックスシリーズを何冊か持っています。古典の原文と現代語訳、解説が並べられていて、現代語訳だけでサッと楽にも読めるし、気になったところ、読んでみたいところは原文も読めるところが便利でありがたい、面白いシリーズです。ただ、買ったシリーズを全部読んでいるかというと全然そんなことはなく、結構積読されています。その中のシリーズから、今回、こちらを読みました。

 

蜻蛉日記

 

藤原道綱の母と呼ばれる、藤原兼家の妻である女性の書いた日記文学です。ただ正直、これをぜひ読もう!と思って購入した巻ではなく、シリーズを買う中で合わせて買った感じだったので積読していたわけでした。しかし、今回、NHK大河ドラマの「光る君へ」を毎週、楽しく観ていて、特に、先日の会では主人公のまひろと石山寺で出会い、自分の来し方、女としての生き方、書くことへの想いなどが語られる回があり、こちらを引っ張り出してきて、やっと読めました。

 

読んで面白かったです。もっと夫への呪詛のような、複数の妻が夫にいることへの苦しみ哀しみが書かれているかと思っていたのですが、そして、もちろん苦しみや悲しみも書かれているとは思ったのですが、兼家との間には愛があったのだなあとも思えたし、作者の文才、和歌の才能、機知に富んだ兼家とのやりとり、なども書かれていて、単純に幸せとだけは言い切れないけれど、充実した人生を送った人の残した価値ある文学だなあとも思ったのでした。

 

百人一首で読んだことのある「嘆きつつ 独り寝る夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る」が、上巻の十三にもう登場していて、この人の作だったのかと思ったり、結婚してすぐの上巻で、すでにもうこういった歌を詠むほど、浮気されていたのだなと思ったり。

大河ドラマの影響は、とても大きくて、私の中では著者の女も道綱も、兼家も時姫もドラマの演者の方々の顔、人で脳内再生されてしまうのですが、兼家や女の若いころはこうだったんだなあと思ったり。

 

ちょうど、この春には源氏物語の地を巡る集まりで宇治に行ってきたところだったので、上巻六十五の宇治川での兼家の出迎えあたりは、「おお!あのあたりね!」と興奮して読めましたし、石山寺も先日行ってきたところだったので、大河ドラマの場面と合わせて、「おお!石山寺!」とワクワクしく読みましたし、登場する場所を実際に訪れると、読んで一層楽しめるなあとも思いました。宇治川にも迎えに来て、山寺にこもったときにも迎えに来て、兼家に愛されているなあ。

 

しかし一方で、時姫は三男二女に恵まれ本宅に引き取られて一緒に住め、作者は道綱の一人を設けただけで別居して、兼家の訪れを待つという差は、やはりつらいものがあったろうなと思います。そのうえ、浮気相手のところに通うのも知らないでいられればともかく、知って知らされてしまったり、自分の家の前を素通りされたりするのは、心が傷つけられるだろうなあとも。そういった苦しみ、心の痛みを、大河ドラマの台詞にあったように、昇華するために書かずにいられなかったのだというのは、本当にそうであったのかもしれないとも読んで一層思われました。