復曲能 和田酒盛 | 翡翠のブログ

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今日は名古屋能楽堂で、「復曲能 和田酒盛」を観ました。

 

「和田酒盛」は、室町時代作の記録がありながら、上演記録のない幻の能なのだそう。織田信長が本能寺の変の直前、幸若舞の「和田酒盛」を観て上機嫌であったという記録が残っているのだそうです。

岐阜城を持つ岐阜民にとっては、とても気になりました。

 

織田信長は幸若舞の愛好家で、「敦盛」の曲を好んだことが『信長公記』に記されています。「此時、信長敦盛の舞を遊ばし候。人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか、と候て、螺ふけ、具足よこせと仰せられ、御物具召され、たちながら御食をまいり、御甲めし候ひて御出陣なさる」(信長公記)。「敦盛」という演目は能と幸若舞にあり、「人生五十年~」という詞は能にはなく幸若舞にあるのですが、映像のイメージ的には能を舞う形が私の中にもあって、長良川薪能の解説で知るまでは、能「敦盛」にその詞があると思っていました。

 

復曲能を観る会のサイトから「あらすじ」

「源頼朝の富士の巻狩で、父の敵・工藤祐経を討つことを決めた曽我十郎祐成は大磯へ出向き、恋人の遊女・虎御前に別れを告げる。そのころ、当時の実力者・和田義盛は虎の宿でしばし休息を取り、同行の鎌倉武将たちは大酒宴を開く。虎御前と十郎も宴席を共にし、座興に好きな相手に自分の飲んだ盃をさす「思い差し」が提案されると、虎御前は十郎に盃を向ける。それを見た三浦(和田)一門は今にも十郎に討ちかかろうとする。そこへ十郎の弟の五郎時致が駆けつけて朝比奈(義盛の子)と組み合うが、十郎が二人を引き離す。十郎の申し出により朝比奈と五郎が相舞を舞い、やがて十郎も加わり、その後、和田、曽我の地へと帰って行く。」

曾我兄弟の仇討ちにつながる物語の一場面を描くものらしい。

 

「曽我物語図会」より和田酒盛の場面/国立国会図書館デジタルコレクション

 

曾我(曽我)兄弟の仇討ちをテーマにした能の演目には、「小袖曾我」や「夜討曽我」などがあって、最近、一陽来復 祈願能で、夜討曾我を観る機会があり、これまで観た能とは違うダイナミックな動きのある演目に驚き、非常に面白かったです。

 

今回の上演では、復曲ということから、

・信長公ゆかりの「和田酒盛」の能を復曲上演
・梅若万三郎師 久田舜一郎師 大倉正之助師 観世喜正師 梅若紀長師ら名手が出演
・名古屋でおなじみの久田勘鷗師、野村又三郎師らも出演
・梅若長左衛門師による、信長公と能の梅若家との貴重なお話も
・古来人気の『曽我物語』が描く「和田酒盛」について、愛知大学の山田邦明教授のお話

が見どころとのこと。特に解説のお話は鑑賞のポイントや背景などを教えていただけて非常に面白かったです。

 

最初に復曲能を観る会代表の加藤眞悟さんが挨拶で今回の復曲の背景を、続いて梅若長左衛門さんが織田信長と梅若家、幸若舞について、愛知大学の山田邦明先生が曽我物語と和田酒盛の登場人物紹介を、さらに昭和音楽大学の丹羽幸江先生が見どころ、能と幸若舞などについてお話くださり、上演される和田酒盛について予習、準備ができました。

さらに、配布されたパンフレットが充実していて、山田先生、丹羽先生の文の他に、東海大学の小林先生(先月ご逝去されたそう)、成蹊大学の新村先生の文も載っていて、能の背景や曽我物語について様々知ることができて読み応えありました。私は蘊蓄好きなので、こういう専門家の方々の文が載っているパンフ、大好きです。

加えて、パンフには和田物語の詞章、本日合わせて上演された仕舞等の大磯、反魂香、敦盛、二人静、小袖曽我の解説と詞章も載っていて、詞章を確認しながら観覧することができました。

今日は、学生らしい若い方が客席に多かったのですが、そういったあまり普段能を観た経験がない人にも、観覧中も前後も役立つ充実パンフレットです。

 

和田酒盛自体は、とても不思議なエピソードだと感じました。仇の工藤祐経を討つと決めた十郎が、大磯に出向き虎御前に別れを告げ、その虎御前が好きな相手に盃を向ける「思い差し」で、本来であれば立てるべき主賓の和田義盛に渡すべきところを、十郎に渡したことで無礼と感じた義盛の子、朝比奈に討たれそうになるって、敵討ちの前の大事な時に何をしているのかと。弟の五郎が日ごろから大磯に通うのをやめて仇討ちに専念してほしいと望む気持ちがよくわかる。それを仇討ち前に、こんなことで死にそうになってとの弟に非常にうなずきたくなります。

もちろん、十郎も若い身で、この後兄弟二人は仇討ちは果たすものの死んでしまうことを思うと、虎御前との恋情を捨てがたい十郎の気持ちもわからないではないし、虎御前も仇討ち本懐は遂げてほしいけれど、行かせたくない、死なせたくない気持ちもある、そう気持ちを思いはせれば、また異なる味わいもあるのだろうとは思うのですが。

先日、SNSで仮名手本忠臣蔵の文楽を観に行った方の感想を読んで、そのときの組み立てが道行旅路の嫁入の段までの構成で、仇討ちがない忠臣蔵は物足りなかったとありました。曾我兄弟も、この和田酒盛を上演するのであれば、その続きの「夜討曾我」もセットでこそ、この前段を楽しめるように思えます。

 

曽我物語では、兄弟の死後も虎御前は出家して生涯、十郎を弔い続けたそうで、そういった物語を読んで観たら、虎御前と十郎のやりとりに、一層感じるものがあるように思います。

「和田酒盛」、面白かったです。特に虎御前からの盃を受け取る十郎が良かった。後半、弟の五郎が登場場面や朝比奈と組みあう場面、その後の舞を舞う場面も、ダイナミックで観ていて面白い。朝比奈と五郎の二人で舞っているところに、さらに十郎も入って三人での舞は特に見ごたえありました。

復曲能を観る会のサイトで、DVDや謡本の販売を行われるらしい。また、映像配信も12/25からされるそうで、12/15からカンフェティで視聴券が購入できるそうです。

 

かって作られ、今は演じられなくなった演目がこれからも復曲されたら嬉しいし観たいと思います。来年は「不逢森(あわでのもり)」を復曲公演予定なのだそう。楽しみ、応援したいと思います。

 

唯一残念だったのは、終演後。観に来ていた若い方の中で、「キャッハハッ、なんであんな、おじさんばっかりなの!?」とおっしゃった声。確かに、能楽師さんがたに若い方がもっと増えるといい、能を志す方が増えて、演じる方も観る方も若い方がどんどん増えてほしいと思いますし、その意味で、今日、若い学生らしい方がたくさん観に来ていて嬉しかった。どうやら同じ学校の方なのか、声をかけあっていて、レポートを書かなくてはいけないのか「〇〇字、書くことがないー、何書くー?」と言い合っているのも微笑ましかった。それなのに、終演後に、せめて外に出て自分達だけでこっそりでなく、まだ客席で大声で言った方には残念でした。