オペラ 蝶々夫人 | 翡翠のブログ

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今日は動画視聴したオペラについて語る会でした。

オペラは、プッチーニ 蝶々夫人。

1974年11&12月 ベルリン
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
演出:シナリオ:ジャン=ピエール・ポネル
蝶々夫人:ミレッラ・フレーニ
ピンカートン:プラシド・ドミンゴ

 

オペラハウスでの公演を撮影したようではなく、以前のフィガロの結婚のように、映画のような動画です。

 

蝶々夫人は有名なオペラですが、私はあまり好きではありません。同じプッチーニでも、「トスカ」「トゥーランドット」は同じく悲劇でもあっても好きなのですが。ソプラノのアリアは素晴らしい。有名な第2幕の「ある晴れた日に」はもちろん、第3幕の子どもと別れる「わたしのかわいい坊や!」も切々と美しいのですけれど。

 

好きでないのは、どうしてだろうと考えると、まず、日本の描き方。エキゾチックという見方もあるだろうけれど、当時のイタリア人が考える不思議な国、日本という感じだからか。ただ、そうは言っても、プッチーニはオペラを書くにあたって、ずいぶん日本について調べたようで、イザナギ、イザナミ、猿田彦、天照大神といった宗教についても調べ、「お江戸日本橋」「さくらさくら」「君が代」とった日本の歌の旋律が、あちこちに散りばめられていたのは楽しかった。しかし日本人役の歌舞伎役者のような白塗りの化粧は、受け入れにくい。演出は公演ごとに様々で、あくまで当時のヨーロッパから見る日本人の演出が標準だったそうですが、どうも先に違和感がたってしまう。特に、伯父の僧侶、ボンズは、歌舞伎そのものの見た目で、障子をパーンと開けて登場するシーンでは、笑ってしまったと感想会の参加者の人たちも言っていました。以前に観たDVD Bookは、もう少し化粧も自然で着物も着物らしく、多少エキゾチックではあっても違和感はもう少し少なく、ボンズは少々神父のようでもあったけれど、普通に坊主らしかったし、今回の演出がアクが強いように思いました。

 

 

さらに、オペラが歌や音楽を楽しむものであれば、課題のオペラも素晴らしいものはあったのですが、劇としてのストーリー、そしてキャラクター。やはり、ここが私の好みでないのだと思います。

一番最低なのが、メインキャラクターの一人、アメリカ海軍中尉ピンカートン。そもそも最初から、行く国々で女性に手を出し享楽を楽しんでいると歌うのを聴いて、うんざりな人物。「気まぐれな恋か、本気の恋かわからない」と歌いながら、「羽を傷つけてでも捕まえたい」と言って、領事のシャープレスに注意を受けています。

自分が愛されて結婚したと、改宗し、親戚とも縁を切りピンカートンに尽くそうとする蝶々夫人。しかしあっという間に、ピンカートンは本国に戻り、3年たっても帰らない。その間に子どもが生まれ、ピンカートンが戻るのを待ち、信じ続ける蝶々夫人。

やっと日本に寄港したピンカートンは、アメリカで結婚している。蝶々夫人は待っているはずない、忘れているよねと勝手に判断して。妻帯していることを伝えにきたシャープレスが言い出せないでいるところで、蝶々夫人は子どもを見せます。驚いたシャープレスはピンカートンに伝えるという。

しかし、伝えた結果、ピンカートンの結論は子どもを引き取る、アメリカ人の自分の妻に育てさせてほしいと、蝶々夫人から子どもを取り上げる。さらに、自分は罪悪感でいっぱいだとか言って、向かい合うことすらせず逃げ出し、子どものことを切り出すのは同行した妻という最低さ。オペラに登場する男はクズが多い気がしますが、この作品の男も最低です。蝶々夫人は子どもを渡す決断をし、自刃します。以前観た「ミス・サイゴン」という映画が、蝶々夫人を基にしているそうで、それや実際に当時の時代に長崎などであったかもしれないことを考えると、引き取るというだけマシなのかもしれませんが。

 

3年間、音沙汰がないというのは「源氏物語」の光源氏が明石須磨に流されて後、とりまぎれて忘れていて3年後に通りかかって思い出した末摘花と同じだと思ったり。3年間の間に妻、明石の君を迎えていて子どももできていたし。でも再会後、最後まで末摘花の面倒をみていたし。一度関係した女性を見捨てないところは源氏の長所です。

子どもを子どものためという理由で取り上げてしまうのも光源氏と同じ。明石の君の身分が低いことから、自身も実母が更衣で身分が低く、そのため源氏の姓を与えらえて親王から臣下に降りた経験もあって、引き取って紫の上に育てさせることにした。しかし、最終的には明石の君は内裏に上がった子どもの側に付き、娘と孫が中宮に、東宮に立つのを見ることができた。もちろん子どもと別れている間の悲痛は想像できないほどのものであったと思いますが。一方の蝶々夫人、もし結末で死を選ばなかったとしても、ピンカートンが何かしたとは全然思えない。

 

しかし、ピンカートンがクズなのはゆるぎないとしても、蝶々夫人にも共感はできない。「解説本」に書かれているような「永遠のヒロイン」とは思えない。もし自分だったらどうするか、蝶々夫人がどうしたら共感できただろうか。

絶対渡さない、芸者をしてでも何をしてでも子どもは自分で育てる!と啖呵を切ってほしい。蝶々夫人は、結局母であるより「可愛い蝶々」と言ってくれたピンカートンが戻らなかったことを受け止められなかったのだと思う。それは、もちろん自分が育てるより子どもを渡した方が、子どもは裕福な父親の元、両親もそろい何不自由なく暮らせるのだから、自分が身を引いた、自己犠牲と観ることもできるだろうけれど。「決して知ってはいけない、蝶々さんが死ぬことを」「海の彼方の国へ行って、母に捨てられたと知り苦しまぬように」と言うなら、本当にそうであれば、子どもがピンカートンと出港し、自分の死が子どもに伝わることがない状態で自刃するだろう。そうでない時点で、自分を捨てたピンカートンへの抗議だと思う。

ここは気になったので会で、参加者の方に、蝶々さんは、なぜ死を選んだのだと思いますか?と問いかけてみたところ、同じようにピンカートンへの復讐、意地ではないか、との意見が出ました。

特に課題動画の結末部分の演出は結構変わっていたようにも思いました。自刃するのは共通ですが、他の演出やオペラのト書き解説本など見ると、蝶々夫人が自刃し、そこにはピンカートンの蝶々と呼ぶ声だけが重なる。今回の動画のように、ピンカートンに見せつけるように自刃すると、一層全くその意味が変わるように思います。

「誇りを捨てるよりは最後まで誇りを持って死を選びます」と言うのは、耐えきれなくて誇りを守るために死ぬのは、ある意味で子どもを捨てている。本当に子どもへの愛ゆえというなら、誇りはかなぐり捨てて、何をしてでも働いて自分で育てると啖呵をきるとか、乳母になる、そうしないと死ぬと脅してでも、ついていって死ぬまで側で隠し通すとか、しろと思ってしまう。しかし、これも現代の考え方。参加者の方が言ったように、当時のその時代には、ヨーロッパの考える日本人は、誇りのために自刃するというイメージだったのでしょう。

 

YouTubeに公開されていた別の「蝶々夫人」舞台の動画、木下美穂子 Mihoko Kinoshita 蝶々夫人 Madama Butterfly 2006は、日本で公開された公演で、歌手・演出共に全て日本人によるものだそう。

指揮:ロベルト・リッツイ・ブリニョーリ

こちらは、演出も登場人物の衣装や動き、掛け合いも、とても違和感がなくて、私には、こちらの方がずっと好きでした。何より、主役の木下美穂子さんの蝶々夫人が愛らしく可愛らしい。ピンカートンのキャラクターのクズさは変わりませんが、それすら、ちょっと耐えられる程度のソフトさになっていました。演出で、色々変わるというのを見比べられたという点で、面白かったです。