おはようございます![]()

「こども読書週間」(4月23日~5月12日)がはじまりました。
おもしろい絵本や児童文学がつぎつぎ生れていますね

けれども、家で絵本を読む習慣がなかったり(読み聞かせ)
親子で読む習慣というのも、薄れてきた気がして、すこし心配です。
子供の頃に、きれいな日本語を絵本や児童文学から学ぶことは
国語力をつけるのにきっと役に立つと思うんですけどねぇ・・・
さて、今日は私たち大大人が、子どもの頃に読んだ児童文学の中で
『題名は有名だけど、どんなあらすじか知らない、思い出せない』と思われる3冊の
あらすじをご紹介しようと思います。
気になるのだけでも、読んでみてください( ̄▽ ̄)
あらすじを読んで、もう一度手に取ってみたいなと思っていただけたら幸いです![]()
ご紹介するのは
・注文の多い料理店 宮沢賢治
・きみなら どうする 吉田甲子太郎
・杜子春 芥川龍之介
の3本です。
・注文の多い料理店 宮沢賢治 (発行日 1924年(大正13年)12月1日)
東京から2人の青年紳士が山奥に狩猟にやってきた。しかし、一向に獲物は現れず、案内役の専門の猟師ともはぐれてしまう。
さらに、連れていた2匹の猟犬は泡を吹いて怪死するが、青年たちはいくらの損害だと金銭の心配しかしない。
2人が諦めて宿に帰ることを決め、腹が減ったなどと話していると、山中で「西洋料理店 山猫軒」との看板を掲げた西洋風の一軒家を発見する。
少し怪しみながらも、「どなたもどうかお入りください」との但し書きを見て、2人は店へと入る。
店の中は扉で仕切られた長い廊下の構造になっており、誰もおらず、扉ごとにメッセージが置かれている。最初の扉には下記のような注意書きが書かれていた。
当軒は注文の多い料理店ですから、どうかそこはご承知ください。
それ以降、「髪をとかして、履き物の泥を落とすこと」という旨の注意書きとともに鏡とブラシが置かれていたり、「金属製のものを全て外すこと」といった注意書きと出くわす。
2人は不思議に思いつつも、ことごとく好意的に解釈して注意書きに従い、扉を開け、店の奥へと進んでいく。
やがて扉と注意書きの多さに、さすがに2人も訝しみ始めた頃、最後の扉と注意書きに出くわす。そこには次のようにあった。
いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。
もうこれだけです。どうかからだ中に、壷の中の塩をたくさんよくもみ込んでください。
ここで2人は、今までの注意書きが「自分たちを食材扱いしていた」ことに気がつく。
ここは「来た客に西洋料理を食べさせる店」ではなく「来た客を西洋料理として食べてしまう店」であったのだ・・・
※あらすじはwikiから引用、途中まで掲載しています。
・きみなら どうする 吉田甲子太郎訳(フランク=R=ストックタン アメリカ 1870年頃)
ある気持ちよく晴れた日、少年ハルは父親に連れられて、初めての鹿狩りのために森に向かう。
湖のほとりで父親と別れて、岩場でじっと鹿が出てくるのを待つハルは
カメラでの風景の撮影も趣味であったため、カメラをのぞき込みながら、その時が来るのをまっていた。
ようやく現れた鹿は、狩りが禁止されている女鹿だった、それも小鹿をつれている。
ハルはその2頭の様子を目を凝らしてみていると、やがて待望の牡鹿も現れる。
ハル少年は、鉄砲をにぎりタイミングを計った、傍にはまだ女鹿も小鹿もいる。
その時、その3頭の様子とその背景が絵のように美しいと思った少年は
鉄砲で打つ前に写真をとってみようかと考える
でも、タイミングを逃すと牡鹿を打つことはかなわない。
さて、少年はどうするのか・・・
このお話し、あらすじがインターネットで探しても出てこなかったので自分で書きました。
・杜子春 芥川龍之介(発行日 1920年大正9年)
あらすじ
唐王朝の洛陽の都。ある春の日の日暮れ、西門の下に杜子春という若者が一人佇んでいた。彼は金持ちの息子だったが、親の遺産で遊び暮らして散財し、今は乞食同然になっていた。
そんな彼を哀れんだ片眼眇(すがめ、斜視)の不思議な老人が、「この場所を掘る様に」と杜子春に言い含める。
その場所からは荷車一輌分の黄金が掘り出され、たちまち杜子春は大富豪になる。
しかし財産を浪費するうちに、3年後には一文無しになってしまうが、杜子春はまた西門の下で老人に出会っては黄金を掘り出し、再び大金持ちになっても遊び暮らしてまたもや蕩尽する。
3度目、西門の下に来た杜子春の心境には変化があった。
金持ちの自分は周囲からちやほやされるが、一文無しになれば手を返したように冷たくあしらわれる。
人間というものに愛想を尽かした杜子春は老人が仙人であることを見破り、仙術を教えてほしいと懇願する。
そこで老人は自分が鉄冠子という仙人であることを明かし、自分の住むという峨眉山へ連れて行く。
峨眉山の頂上に一人残された杜子春は試練を受ける。
鉄冠子が帰ってくるまで、何があっても口をきいてはならないというのだ。
虎や大蛇に襲われても、彼の姿を怪しんだ神に突き殺されても、地獄に落ちて責め苦を加えられても、杜子春は一言も発しなかった。
怒った閻魔大王は、畜生道に落ちた杜子春の両親を連れて来させると、彼の前で鬼たちにめった打ちにさせる。無言を貫いていた杜子春だったが、苦しみながらも杜子春を思う母親の心を知り、耐え切れずに「お母さん」と一声叫んでしまった・・・
※あらすじはwikiから引用、途中まで掲載しています。
いかがでしたか?あらすじを読んだら思い出した!という方も多いのでは?
どの作品も「人間の在り方」をうまくお話に練り込んであるように思いました。さすが教科書に載るお話(文学)ですね。

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