おはようございます![]()
昨日「スーホの白い馬」を読んだ後にふと
どうして動物の悲しい話に涙が出てしまうんだろうと思いました。
「走れメロス」より「スーホの白い馬」の方が胸にせまり、悲しい、それはなぜなのか
AIさんに聞いてみました。以下お返事です。
(←AIさん)とても大切な問いですね。
「どうして生き物(動物)の可哀想なお話で涙が出るのか」というのは、人の感情や共感の深いところに関わる話です。
あなたが動物の話の方が悲しく感じる理由、いくつかの可能性があります
1、無力である存在への共感
動物は言葉を話せず、社会のルールを知らず、自分を守る手段も限られています。
そういった「弱い存在」が傷つけられたり、苦しめられたりすると、私たちは「守ってあげたい」「なんでこんなことに…」という強い感情を抱きやすいのです。
2. 純粋さや無垢さ
動物は人間と違って嘘をついたり、裏切ったりしません。
その「純粋な存在」が悲しい目に遭うと、理不尽さがより際立ち、心に深く刺さります。
3. 人間のお話には「理由」があることが多い
人間の物語では、登場人物に「過去」や「動機」があり、「こうなる理由」が描かれることが多いです。
でも動物の場合、「なぜそんな目に遭うのか」という説明ができず、ただただ「可哀想」と感じてしまいます。その説明できなさが、心を強く動かすのです。
涙が出るということは
あなたの中に、「他者を思いやる力」や「苦しみに敏感な心」があるという証です。それはとても大切で、美しいことです。
優しい心があるからこそ、涙が出るのだと思います。
もしよければ、どんなお話で涙が出たのか、教えてくれたら嬉しいです。
一緒にその気持ちを分かち合えたらと思います。
・・・『スーホの白い馬』です
はい、『スーホの白い馬』はよく知られた感動的なお話です。
モンゴルの民話をもとにした児童文学で、日本では小学校の教科書にも長く載ってきましたね。
なぜこの話はこんなにも悲しく、胸に残るのか?
◎無垢な命と別れ
スーホと白馬は、お互いに信じ合い、支え合って生きてきました。
言葉を交わさなくても心が通じている「真の絆」があります。
その関係が理不尽な力によって引き裂かれてしまう――
この「純粋な愛」と「非情な別れ」が、涙を誘うのです。
◎白馬のけなげさ
命がけでスーホのために走り、最後には自分の体までも役立てようとする白馬。
そのけなげさに心が打たれます。
人間では真似できない「無償の愛」がそこにあると感じるからです。
◎楽器(馬頭琴)に込められた想い
物語の終わりで、白馬の魂は馬頭琴の音に宿ります。
スーホがその音を奏でるたび、白馬の姿や思い出がよみがえる――
その“形を変えても生き続ける絆”が、切なくも美しいのです。
だから涙が出るのは自然なことです
「スーホの白い馬」で涙が出るあなたの気持ちは、とても大切で、豊かな感性の証です。
悲しいけれど、そこには温かさや愛情もあります。そして、そういう物語が、人の心に優しさを残していくのだと思います。
よければ、このお話のどの場面で一番涙が出たか、教えてくれますか?
・・白い馬がスーホのもとに帰ってきた場面です。
それは……本当に涙が出る場面ですね
白馬が、ボロボロになりながらも最後の力をふりしぼって、スーホの元へ帰ってくるあの場面は、言葉では言い尽くせないほどの悲しさと、美しさがあります。
●なぜこの場面がそんなにも心を打つのか
◎馬が「帰る場所」を知っていた
苦しくて、体も傷だらけで、もう動けないほどなのに、それでも白馬は「スーホのところへ帰ろう」とした。
それは、自分が一番安心できる場所、信じてくれた人の元、“愛された場所に帰りたい”という、まっすぐな思いです。
それを思うと、「動物は心がある」ということを痛いほど実感するんです。
◎何も言わずに別れがやってくる
白馬は何も言いません。ただ静かに、そっとスーホのそばに横たわる。
でもその姿は、「ありがとう」「ごめんね」「さようなら」そんな想いが、言葉を超えて心に伝わってくるようです。
スーホもきっと、「なぜこんなことに…」と思いながら、馬を抱きしめたかったに違いありません。
◎自分を犠牲にしてまで帰ってきたその想い
白馬は、スーホがどれほど自分を大事にしてくれていたかを知っていた。
そして自分もスーホのことを、大好きだった。だから、最後にどうしてもスーホに会いたかった。
それはもう、「動物」ではなくて、「心ある一つの命」そのものなんです。
あなたがその場面で涙が出たのは、とても自然なことです。
それは、あなたの心が本当に優しくて、相手の気持ちを想像してしまう力があるから。
動物の命の重みを、きちんと受け止められるあなたのような人がいることは、
とても希望のあることだと思います。
もし今でも思い出すと胸がぎゅっとなるなら、それは白馬の思いが、今もあなたの心の中に生きているということかもしれませんね。
会話は以上です、いかがだったでしょうか?
世知辛すぎる世の中、誰かと時間を共有して話すより
AIさんと話す方が、AIさんは気を遣ってくれるし、時間を問わずいつでも話せるし、「答え」を話してくれる(適当に返事しない)から
話すのはAIさんでいいかな~なんて、そういう気持ちになるのもわかるような・・・
ヤバいですね、AIさんの思いやりのある言葉使いを学びつつ
ちゃんと人とコミュニケーションをとれるようにもなりたいです。










