おはようございます晴れ

 

朝ドラでは今週は太平洋戦争のことが描かれていましたね。

暑くなってくると、日本人は原爆被害の事やまた「お盆」の時期とも重なって

死者を想うことが多くなるのではないでしょうか。

 

・・・でも「無宗教化」した現代日本では

特に若者は「供養」などという言葉も知らないでしょうね。

 

供養って辞書では

死者の霊に供え物をして、死者の冥福(めいふく)を祈ること。 とありますが

 

これであってます????

 

供養には供え物がいるの???

冥福を調べると「死後の幸福」とあります。

きっとこれは日本の仏教の考え方なのでしょうね。

 

私は小さな仏壇の前に置かれた父母の写真を見ながら

しょっちゅう「そちらはいかがですか?のんびりやれてますか?

こちらはみんな元気です、これからもみんなを見守ってね」と心の中で話しますが

 

まずご先祖や死者を思い出すこと(お空組のペットちゃんも)

そして心の中で会話してみること、つまり

「いまも繋がっている」と想う事

 

もちろんお供え物はしたいと思えばすればいい

私は父の祥月命日にはいつも「あんぱん」をお供えします。

これも亡き父を思い出している行為ですよね。

 

そして母の写真の周りには、すべてではないけどお空組の子の写真を置いて

「いっしょにいてね」と想っています。

 

供養って別に3年7年ごとではなく

日々、想うものじゃないかな~

もちろん「回忌」はやりますけどね。

それは、逆にこちら(生きてる側)の「親戚が久しぶりに顔を合わせる行事」ととらえています。

 

あと昔ながらのお盆の

「霊が帰ってくる」は

実際帰ってきたらうれしいよね という純粋な気持ちの顕れなんじゃないかなぁ

(仏教的な解釈を知らずに描いてますけど)

もちろん親の事を嫌いな人もいるだろうけど

そんな人が「お盆」をするとは思えないものね、それはひとそれぞれですね。

これも年に1回、家族が集まる機会になるんだもの、家族がいる=先祖がいるってことで

お仏壇にみんなで手を合わせても、ばちはあたらないよね~

 

人間て、世界中の多くの人が

「何かにむかって手を合わせたくなる」ものでしょ?

手を合わせた時、死者を想ったりするものでしょ?

(自分の願い事の時しか手を合わせない人もいるか~)

 

今も死者やご先祖とつながっていると感じて

心で話したり願ったりすることが供養なら

宗教に関係なく、たぶん世界中の人がしていることですよね。

 

そんなことをふと考えたりしました。

おはようございます晴れ

 

あっつ~~~いあせる

朝から家の中、リビングのクーラーかけて

ローラの部屋には扇風機で冷気を送っております。

天井のファンのおかげで冷えすぎることはないです(28度設定)

 

だけど28度設定だとじっとしてると丁度よいけど

掃除とかすると汗をかきますね。

 

ちょこっと掃除して

滝汗『あ~しんど』とソファに腰を下ろすと

うちのロン毛~ズが両わきにやってきました。

 

右手にラテさんブタネコ

腰撫でてっていってます。

image

 

そして左手にローラちゃん犬

カメラ(スマホ)臭わなくていいっ!

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いや、暑いから!

のいてほしい!!!滝汗

 

夜中もベッドでこんな感じ

それぞれが「アツい」ってなったらベッドから降りる

勝手なやつらめ~~~ニヒヒ

 

今日のお題

 

『朗読してほしい人物は?』

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昔ね、子どもたちが小さい頃
「絵本朗読ビデオ」があって
それの怖いシリーズを持ってました
世界絵本箱シリーズ トミー・アンゲラーのミステリアス・ストーリー
「すてきな三にんぐみ」「月おとこ」「ラシおじーヌさんとふしぎな動物」の3編を収録。
フランス生まれのアンゲラーらしい、ユーモアいっぱいの物語。
ナレーションも、三谷昇、穂積隆信、藤村俊二とベテランぞろい。
とっくに手放しちゃったんですよね(ビデオテープだし)
どこかにあがってないかな~。
おひょいさんの朗読が最高でしたデレデレ
 
 
ーおまけー
昨日のニュースで見ました
来年からは自転車にも違反行為には罰金がかせられるそうです
傘さしだけでもダメみたい
一度ご確認くださいね。
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おはようございます晴れ

 

 

PCの調子が悪くて、コメントをお送りしても2度送ってしまうようです。

大変お手数ですが、もしそうならば、1つを削除していただけますようお願いいたします。お願い

 

さて、トイレカレンダーを見ていると、今日は1908年にブラジルへの最初の移民船が到着した日となっていました。

ではなぜ、移民先は「ブラジル」だったのでしょう?気になったので調べてみました。

 

1908年6月18日にブラジルへ最初の移民船「笠戸丸」が到着した理由は、日本とブラジル間の経済状況と、日本政府の移民政策が合致したためです。

当時のブラジルは、コーヒー農園での労働力不足を補うため、移民を積極的に受け入れていました。

一方、日本では、不況や人口増加による生活苦から、海外への移民を支援する政策が取られていました。この両国の思惑が一致し、ブラジルへの移民が実現したのです。

 

ブラジルの状況:

19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ブラジルはコーヒー豆の生産拡大のため大量の労働力を必要としていました。
奴隷解放後、労働力不足を補うため、ヨーロッパからの移民を積極的に受け入れていましたが、それでも十分な人数を確保できませんでした。そのため、日本からの移民に期待を寄せていました。

 

日本の状況:

明治時代後期、日本は不況や人口増加による生活苦に見舞われていました。
特に農村部では、土地が狭く、生活が困窮する人々が多くいました。
日本政府は、移民を海外への活路として捉え、移民政策を推進していました。

 

日伯間の条約:
1895年に日本とブラジルは「日伯修好通商航海条約」を締結し、外交関係を樹立していました。
この条約が、移民の受け入れを円滑に進めるための基盤となりました。
 

コロノ移民:

最初の移民は、多くがコーヒー農園での労働を目的とした契約移民(コロノ移民)でした。
一定期間の契約でブラジルに渡り、労働に従事した後、自作農になることを目指す人が多かったようです。

 

移民の増加:
1908年の最初の移民以降、ブラジルへの移民は増加し、第二次世界大戦後も続きました。
戦後の日本が経済成長を遂げ、生活が安定すると、移民の数は減少しました。(791人の方がわたっています)
しかし、日系ブラジル人として、ブラジル社会に深く根付いています。

 

真顔日本が一番最初に移民を送り出した国は?

 

日本が最初に移民を送り出した国はハワイです。1868年(明治元年)に、横浜からイギリス船籍の「サイオト号」に乗って153人(または149人説も)の日本人がハワイへ渡航しました。これは「元年者」と呼ばれ、日本初の集団移民として知られています。
その後、ハワイ以外にも、アメリカ本土、カナダ、オーストラリア、ニューカレドニア、フィジー、西インド諸島、メキシコ、ペルー、フィリピンなど、様々な国や地域に移民が送り込まれました。

 

滝汗ハワイとブラジルしか知らなかったのでちょっとびっくりしました。ブラジル移民が始まった頃は、アメリカは移民の受け入れを控えていた時期だったみたいです。
 

以前少し記事にもしましたがNHKがブラジル移民の方々のご苦労をドラマにされていましたね。

 

移民という名の奴隷のような暮らし(のところもあった)ようです。

もちろんご苦労の末に立派にお暮しになっている方々もいらっしゃることでしょう。

 

この事をはるか過去のことと思わず

もしかしたらいつかは日本人がまた海外へ出稼ぎや移民に出る日が来ないとも限らないですからね。

なにせ満足にお米が食べられなくなっているのですからね。