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さて、トイレカレンダーを見ていると、今日は1908年にブラジルへの最初の移民船が到着した日となっていました。
ではなぜ、移民先は「ブラジル」だったのでしょう?気になったので調べてみました。
1908年6月18日にブラジルへ最初の移民船「笠戸丸」が到着した理由は、日本とブラジル間の経済状況と、日本政府の移民政策が合致したためです。
当時のブラジルは、コーヒー農園での労働力不足を補うため、移民を積極的に受け入れていました。
一方、日本では、不況や人口増加による生活苦から、海外への移民を支援する政策が取られていました。この両国の思惑が一致し、ブラジルへの移民が実現したのです。
ブラジルの状況:
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ブラジルはコーヒー豆の生産拡大のため大量の労働力を必要としていました。
奴隷解放後、労働力不足を補うため、ヨーロッパからの移民を積極的に受け入れていましたが、それでも十分な人数を確保できませんでした。そのため、日本からの移民に期待を寄せていました。
日本の状況:
明治時代後期、日本は不況や人口増加による生活苦に見舞われていました。
特に農村部では、土地が狭く、生活が困窮する人々が多くいました。
日本政府は、移民を海外への活路として捉え、移民政策を推進していました。
日伯間の条約:
1895年に日本とブラジルは「日伯修好通商航海条約」を締結し、外交関係を樹立していました。
この条約が、移民の受け入れを円滑に進めるための基盤となりました。
コロノ移民:
最初の移民は、多くがコーヒー農園での労働を目的とした契約移民(コロノ移民)でした。
一定期間の契約でブラジルに渡り、労働に従事した後、自作農になることを目指す人が多かったようです。
移民の増加:
1908年の最初の移民以降、ブラジルへの移民は増加し、第二次世界大戦後も続きました。
戦後の日本が経済成長を遂げ、生活が安定すると、移民の数は減少しました。(791人の方がわたっています)
しかし、日系ブラジル人として、ブラジル社会に深く根付いています。
日本が一番最初に移民を送り出した国は?
日本が最初に移民を送り出した国はハワイです。1868年(明治元年)に、横浜からイギリス船籍の「サイオト号」に乗って153人(または149人説も)の日本人がハワイへ渡航しました。これは「元年者」と呼ばれ、日本初の集団移民として知られています。
その後、ハワイ以外にも、アメリカ本土、カナダ、オーストラリア、ニューカレドニア、フィジー、西インド諸島、メキシコ、ペルー、フィリピンなど、様々な国や地域に移民が送り込まれました。
ハワイとブラジルしか知らなかったのでちょっとびっくりしました。ブラジル移民が始まった頃は、アメリカは移民の受け入れを控えていた時期だったみたいです。
以前少し記事にもしましたがNHKがブラジル移民の方々のご苦労をドラマにされていましたね。
移民という名の奴隷のような暮らし(のところもあった)ようです。
もちろんご苦労の末に立派にお暮しになっている方々もいらっしゃることでしょう。
この事をはるか過去のことと思わず
もしかしたらいつかは日本人がまた海外へ出稼ぎや移民に出る日が来ないとも限らないですからね。
なにせ満足にお米が食べられなくなっているのですからね。

