おはようございます晴れ

 

体調がひどく悪いと感じていて、しばらく空想あそびや調べものから離れておりましたが

ちょっと落ち着いてきたので(慣れてきた?)またもや空想の世界に飛んでいました。

 

今日は「へぇ、そうなんだ」と私が思った

世界の宗教の歴史(年表)について、ほんのさわりだけ、書いてみたいと思います。

 

世界で有名な宗教ってどんなものがあるのでしょうか?

キリスト教:
世界で最も信者数が多い宗教で、約24億人が信仰しています。

イスラム教:
世界で2番目に信者数が多い宗教で、約19.5億人が信仰しています。

仏教:
お釈迦様の教えを基にしています。約5億人が信仰しています。

ヒンドゥー教:
インドを中心に信仰されている宗教で、約11億人が信仰しています。
多神教であり、様々な神々を信仰対象としています。

 

ユダヤ教:

信者数は、世界で約1,500万人と推定されています。そのうち、約630万人がイスラエルに、約570万人がアメリカに居住しており、この2カ国で全体の約9割を占めています。

 

またゾロアスター教のように、世界最古の一神教として、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの一神教に大きな影響を与えたと言われ、宗教史や文化史において重要な役割を果たしてきた宗教もありますね。

 

その生まれた時代はというと?

ユダヤ教:紀元前2000年頃

ゾロアスター教:紀元前1200年頃から紀元前7世紀頃 (諸説あり)
ヒンドゥー教:紀元前1500年頃から紀元前500年頃
仏教:紀元前6世紀頃 (釈迦の生誕)
キリスト教:1世紀頃 (イエスの活動)
イスラム教:7世紀頃 (ムハンマドの活動)

という感じです。

 

ユダヤ教に比べて仏教やキリスト教がわりと最近である事がわかりますね。

そして上記には書きませんでしたが

中国うまれの儒教の祖である『孔子』は紀元前551年頃誕生 、そして紀元前479年頃死去とされ

インドの仏陀のうまれた年とされる紀元前566年と15年しかかわらないのですね。

 

似た年の有名な人、他にもいるのかなと調べてみるとギリシアのソクラテス(前469頃~前399頃)が近かったです。

ソクラテスは何をした人?

→ソクラテスは、古代ギリシャの哲学者で、特に倫理学(どう生きるべきか、何が正しいか)の分野で大きな功績を残しました。

 

紀元前5世紀ごろに

ヨーロッパではソクラテスが『どう生きるべきか』を問い

インドでは仏陀が『人生の苦しみから解放され、真理を悟り、安らかな境地(涅槃)に至る方法』を悟り

中国では孔子が『「仁」(思いやり、博愛)の実践と、それを基盤とした「五常」(仁・義・礼・智・信)の徳』をを教えたのですね。

 

文字として残っているので今わかるわけで

もしかしたらもっともっと前に誰かがこのようなことを考え、悟っていたのかもしれないのですが

(実際にユダヤ教は今から約5千年前からあったようです)

似た時代の地球上のあちこちで、ほとんど同時に宗教家がうまれていたのだと想像すると面白いというかすごいなぁと思います。

 

デレデレ真面目くさったこの文章を最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございます

もしよかったら貴方の感想を聞かせてくださったらうれしいです。

 

※今回は宗教の中身ではなくその発生の年代について語ってみました。

どこかの宗教に対しての思い入れや意見は入っていないつもりです。

 

おはようございます晴れ

 

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やっぱり、3食食べられて
涼しいクーラーのついた部屋で寝れて
病気になったら医者にみてもらい薬をもらえる(ただではないが)
今の生活は「令和の米騒動」や相変わらずの「流行り病の流行」だとしても
有難い時代ですね。
 
これ以上を望むとばちがあたるのかも・・・・
 
 
今NHKの大河ドラマ「べらぼう」では
天明の大飢饉、浅間山の大噴火の時代を放送しています。
 
今日は今から約250年前の(1782年から1788年)天明の大飢饉がどんなものだったのか
ざっくり解説をしてみようと思います。
天明の大飢饉は江戸時代で1番ひどい飢饉でした。
天明の大飢饉(1782年〜1788年)
場所:青森県・岩手県・秋田県・宮城県・山形県・福島県(主に東北)
第10代将軍の徳川家治と第11代将軍の徳川家斉の2代の将軍にわたって続きました。
 
まず下地として
・「藩」は米の値打ちがどんどんさがり、お武家様方の生活は借金をせずには暮らせないほどになっていました。→借金返済のために米を外に出すことが多くなっていた。
 
・もともと東北地方は冷害による凶作で幾度となく飢饉が発生していました。
特に江戸時代は数十年ごとに大凶作による大飢饉が発生しています。
天明の大飢饉の場合、天明2年(1782年)は雨が多く悪天候が続いていました。
さらに天明3年(1783年)は異常低温による大冷夏で、当時の東北の記録によれば寒かったため8月でも冬物の衣料を着て過ごしていたとあります。この冷夏が大凶作を招き、天明の大飢饉につながっていったのです。
大凶作は翌年には落ち着くのですが、天明6年(1786年)には洪水や冷害などによりふただび大凶作が起こっています。
 
・飢饉を悪化させた原因の2つ目は、天明3年7月8日(1783年8月5日)の浅間山の大噴火、「天明の浅間焼け」です。
これまでに何度も噴火しており、『日本書紀』にも奈良時代の噴火の様子が描かれています。

浅間山の活動が活発化したのは天明3年の4月9日からで、激しい爆発とともに噴火が続き、灰が降り注ぎました。
途中休止期間を挟みつつも、次第に噴火は激しさを増してゆき、7月7日から8日にかけては大爆発が発生して巨大な噴煙柱があがり、その音は京都や仙台まで届いたほどでした。

爆発により繰り返し火砕流が発生しており、7月8日には鎌原土石なだれ(※鎌原火砕流・岩屑なだれ、など諸説あり)が発生し、鎌原村(群馬県嬬恋村)を飲み込み、約450人が死亡。
長野原町にあった集落なども埋没し、周辺地域だけでも約55の村で1500名超の死者が出たと言われています。

その後、鎌原土石なだれは吾妻川になだれ込んで天明泥流になり、利根川まで流入して周辺地域に洪水等の被害を与えています。泥流は最終的には江戸川の河口まで達するほどでした。

こうした直接的な影響に加え、浅間山の大噴火による火山灰は広範囲に影響を与えました。
火山灰は関東一円を中心に飛散し、農作物に降り積もりました。
江戸では3cm程の火山灰が積もったほか、なんと浅間山から約400km以上離れた陸中海岸(岩手県の太平洋側の海岸)まで灰が届きました。
さらに、火山灰は日光を遮りました。
火山灰により空が真っ黒になり、農作物は日照不足に。
加えて火山灰による気温の低下は、さらなる冷害をまねきました。
 
・天明の大飢饉の期間中の餓死者は東北を中心に90万人以上にも及ぶとされています。
 
杉田玄白が記した『後見草』によれば、特に被害が大きかったのは津軽地方で、食べるものがなく草木も食べつくし、挙句の果てには死んだ人の肉も食べ、人肉を犬の肉と偽って売り歩いた、ということが記されています。
 
多くの領民が逃亡して「流民」化したものの、どこに行っても食糧難なので1日当たり1000人、2000人の死者が出たほどだったようです。
 
津軽藩(弘前藩)は天明3年9月から4年6月にかけての餓死者が藩の人口の1/3にあたる約8万人にも及びました。
八戸藩に至っては天明4年(1784年)4月までに人口の約半分にわたる3万人が死にました。(どちらも少なく見積もって)
 
・さらに疫病の流行
死者が増えた理由は、飢饉のなかで疫病が流行ったことも大きな要因でした。
当時の文献から推察するに、腸チフスや赤痢、マラリヤにインフルエンザなどが各地で流行したようです。
 
・藩の失策
仙台藩でこれほど死者が増えた理由の一因は、凶作や飢饉に備えて貯めるはずの備荒蓄米を江戸に輸送して販売する「廻米」を実施し、その利益を商人からの借入の返済などに使っていたからです。
 
天保2年(1782年)は西国が凶作だったことで江戸の米価が高くなっており、各藩は「儲けは大きい!」と農民の貯蔵していた米まで買い上げて江戸に販売していました。
藩としても酒造禁止令を出して米価を落ち着かせ飯米の確保に努めるなどの対策を取りましたが、焼け石に水でした。
こうした藩はほかにもあり、後に失策が非難されています。
 
しかしながら米沢藩と白河藩のように備蓄米を民に配ることにより餓死者を出さなかった藩もあったそうです。
 
真顔いかがでしたでしょうか
今は地球温暖化とはいえ
万が一火山が噴火すると、火山灰などで冷夏になり農作物が壊滅的な事態になる可能性は現代でも起こりうるのです。
どうしても避けられない天災と、人災、この二つで大飢饉となりました。
日本は天災はいつでも起こりえます、せめて人災がおこらないように
日頃から落ち着いて、用心して生活しなければと、ドラマを見ながら思ったのでした。
 

おはようございます晴れ

 

鼻の手術の件ですが

循環器(CPAPの先生)と相談して

※鼻の手術の有効期間は5年ぐらいだとのこと

飲み薬、点鼻薬、張り薬いろいろ試して

薬でアレルギーを管理して鼻の中の腫れを抑え込んでいきながら

引き続きCPAPをすることとなりました。

 

私は今でも毎日大量の薬を飲んでいるのに

薬を増やしたくないと言ったのですが

先に書いた通り、鼻の手術をしても有効期限があるし

つまりのひどさも普通程度だし

60歳すぎという年齢は

薬のデメリットを考えるより

例えば脳梗塞や血管(心臓)障害などにならないために

きちんと薬をのみ、1か月に1度程度かかりつけ医の診察を受ける方が

良いと自分は考えます(循環器の先生の言葉)に説得され

手術ではなく服薬にしました。

 

CPAPも設定を変えていただき、(鼻つまりがあるので)

何とか私にとって一番の命に係わる病気にならないために

CPAPを続けることになりました~

 

今回、天の采配か、循環器の医院が受診時に、悪天候で患者さんがいなくて

私はかなり長い時間を使って先生と相談することができたし

その結果、納得の元、これからの進め方に同意できました。

それにしても

糖尿病、それに伴う薬いろいろ

私の飲んでいる血圧の薬は腎臓を保護する役目もあるというし

(Iga腎症は完解中)

それに軽いけど心臓の薬(不整脈)、そして抗アレルギー薬と

薬漬けです。毎月の医療費がやばいです。

 

そしてCPAP使用料は月4000円(3割負担)です。

 

これ、今は払えるけれど(夫が働いているから)、この先、不安ですよね

医療費を優先してカーブスを辞める日が来るかもしれません。

 

もちろん確定申告はするつもりですが、何割ぐらいかえってくるのでしょうかね。

 

私は(Iga腎症は別として)60代から一気に体調不良となっております。

もちろん80代~90代でも病院にかかる必要のない方(姑)もいらっしゃるでしょうが

皆さま、健康にはご留意くださいね。