今年1年を漢字で表すと?
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成り立ちのポイント
肉(にくづき): 体に関係する部分、特に「血や肉」を表します。
𠂢(はい/ばく): 音を表す部分で、「血の筋が分かれて連なる」というイメージも持ち合わせています。
組み合わせ: この二つが合わさり、体の中を細く連なって流れる「血管」そのものや、「血の筋」を表す漢字として「脈」が作られました。
今年1年を漢字で表すと?
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こんにちは![]()
夫婦共々、体がずいぶん良くなってきました。
私の足首なんて、象さんみたいだったけど
ようやく人の足首になってきて、ほっとしています。
今日はボーナス日でした。
今年、あちこち家を修繕したり
古くなって買い替えた物が多くて
かなり出費したので、待ちに待ったボーナス日でしたが
夏より20万も少なかったのです。
夫は理由を会社から聞いていると思いますが
私はスマホで入金確認しただけなので、ちょっとショックでした。
いやちょっとじゃない、ぞっとしてしまった、怪談よりコワイ。
それでも1度は定年退職して再雇用なんだから
どんどん減っていっても普通なのかもしれないですね。
根性入れて、節約して生きて行かないとなぁと思うんだけど
なんだか節約や断捨離などばかり考えていると
夫の定年後は「死に向かう」ために生きて行く
何もかも仕舞いにするんだと言う気になって寂しすぎますね。
もちろんちゃんと生活は回さないといけないんですけどね。
もちろん70歳でも80歳でも仕事を持って、収入も得ていらっしゃる方や
投資や不動産で収入があって全く生活の心配の無い方も多くいらっしゃるでしょうが
65歳をすぎて年金だけをたよりに生きて行く夫婦も(体調やその他の事情により)
それなりに多いとおもうのですが、まだ65歳にもなってないのに
こんなに不安がっていてはいけませんね。
私はTVはNHKばっかり見てるんですが、BS放送や4K放送では海外の観光地や一般人の暮らしを写すような旅番組が多いですね。「世界ふれあい街歩き」とか毎日のように放送されていますよね。
時に、ヨーロッパの小さな街角でお暮らしの老夫婦などにお話を伺っている場面があるのですが、その方の経済状況まではわかりませんが、皆さん、夫婦仲良く(もちろんそんな方にしかお話を聞いてないと思いますが)のんびり、つつましくお暮らしになっているので、日本は先進国過ぎて、コスパ、タイパみたいなことに躍起になりがちで、年寄りは置いてきぼり感も多く、いろいろ心配になりますが
政府を信じて、慎ましく、のんびり余生を過ごせるように、できたら夫婦仲良く健康でいられるように、そこに注力していこう~と思いました。
(※写真はイメージです)
すくなくても姑よりどちらか、あるいは両方先に死んじゃわないようにね![]()
こんにちは![]()
私も風邪引き症状が出ましたが
さすが予防注射のおかげか、重症化には至りませんでした
いろんなご意見もあるかと思いますが
歳をとってきたら打っておいたほうが安心かも知れません。
さて、毎週みているEテレの『100分で名著』
「書評(だけ」好きな私にはたまらない番組なんです。
今月はキューブラー・ロスの「死ぬ瞬間」です。
キューブラー・ロス(1926-2004)は精神科医で
自分の末期患者への関わり方についての研究をまとめたものです。
今回はまだその話ではないのです(ごめんなさい)
皆さんは人が亡くなった時(瞬間)に立ち会った経験っておあり・・・ですよね?
歳を重ねると、そういう経験は増えていきますものね。
でも私は瞬間には立ち会えたことはないんです
(ペットはあります)
祖父母も、父も、母も、そして元夫も・・・
でもそれは父も母も元夫も一人で旅立ったってことになるのかな?
(※母は複雑な事情で、私が駆けつけた時は長く心肺蘇生作業をしていて
「やめていいですか」と聞かれたのでした。私は母の顔色が生きている人の顔色ではなかったので、やめていいと言い、それから母に近寄りました)
ここからはスピリチュアルな話になるのですが・・・
父は霊感のある人でした(そんなに強くないけど)
私が娘時代、私が外から帰ってくると、飼い猫が私の部屋の押し入れの布団の中で死んでいると
母に言われました。
私は急ぎ2階へ階段を上ろうとすると
父が、「おまえは見にいかんでいい、始末は母親にさせなさい」といいます。
私がびっくり顔で振り向くと
父は真顔で「おまえは死んだ者に引っ張られるところがあるから
死んですぐに近寄ったらいかん」と言われました。
当時、父の威厳は強かったので、私は言われるとおり、父のそばに座りました。
段ボール箱に入れられて、2階から降りてきた猫をしばらくしてからなでてやりました。
このときの父の言葉はしっかりとトラウマになりました。
というか
父のつよい念が、私を死に目に遭わさないようにしていると思えてなりません。
元夫が亡くなった時は私はドレス屋さんとダブルワークで働いていたファミリーレストランの掃除と仕込みの仕事の最中でした。
仕事が終わって店を出て、携帯を見ると何十回も着信がありました。
見た瞬間に、何が起こったかは理解しました。元夫は胃がんの末期だったので。
私が家に帰って、次男を連れて元夫に会いに出かけたのはもう夜になっていました。
遺体は彼の実家にありました。
やせこけてはいたけど、綺麗な顔で、眠っているように見えました。
父は入院していた病院を退院して、家に帰ったその日の夜中に亡くなりました。
老衰でした。
母がなんとなく夜中に起きて、介護ベッドに寝ている父の様子を見てみると、もう息をしていなかったそうです。退院してきたときは、家に帰ったことを喜んで、たばこを1服していたと言っていたのに。
気丈な父は母にも死に目を見せなかったのね。
母は悔やんでましたけどね、最後の時、看てあげられなかったことを。
母は先に書いた通りです。
私が握った母の手はもう完全に冷たくなっていました
病院のベッドから落ちてから、もうかなり時間がたっていたんです。
それでも、父も母も綺麗なお顔で最後を迎えられました。
二人とも長くは苦しまなかったはずです。
こんなプライベートなお話にお付き合いくださった方がありましたら
御礼申し上げます。
自分の時は一人でも気丈に旅だった父のように強くありたいと思います。