こんばんは🌆

 

前回の続きになります。

 

先に書いておきたいのですが

 

私はギャンブル依存症の夫と、長男小学生、次男が幼稚園の頃、離婚してから(30代)

あちこちに就職してはクビになったり、入ったばかりの会社が倒産したりして、紆余曲折ののち

数年後ネットショップのドレス屋を自宅で一人ではじめました。

 

理由の1番はやんちゃな息子達のそばにいたかったからです。

外で働いていても、息子らがアパートの屋根に上って遊んで、屋根に穴を開けたと大家さんから電話があったり、アパート(文化住宅)のガラスの玄関引き戸を(わざとじゃなく)遊んでいて割ってしまったと、寒い時期に息子から会社に電話があって、私が帰ってからではガラス屋さんに連絡が取れずに、段ボールをあてて一晩過ごしたり、息子が遊んでいて怪我をしたりと。

まだ子供達が小さかったので(実は実家のそばに住んだのですが爺婆の前では悪いことはしませんからね)

これは私がなんとしても家にいた方が良いと思って、どうしたら可能か必死で考えた結果のことでした。

 

子供達が学校に行っている間に焼き鳥チェーン店の掃除と仕込みのパートに行って、子供達が帰ってからは家で仕事をしました。

 

 *  *  *  *  *

 

夫との離婚前のこと、夫があちこちから借りたヤミ金業者から

取り立ての電話が家の電話に入るようになりました。

当時夫婦ともに携帯電話を持っていませんでした。

 

夫が家に帰っているだろう時間だから

夜6時から10時ぐらいに毎日かかってきました。

 

もちろん電話に出たら罵詈雑言(もちろん大阪弁)

私は震え上がりながら電話をとっていました。

 

その記憶が完全にトラウマとなり

私は家の電話を取ることが怖くてできなくなっていました。

 

これは今も薄まりましたが続いていて

家の電話は取りません。留守番電話に切り替わり

もし知った人ならそこから電話をとります。

その間、ものすごく怖いです。耳を塞ぎたくなります。

幸いなことにしばらくして携帯電話を持つようになり

家電を取ることは激減しましたけどね。

 

そんなトラウマがまだまだ薄まっていない時期に

広告会社の仕事のメインが「電話で知らない人と話すこと」となり

また、「消費者金融の広告」も取り扱っていたので

(別のベテラン担当者がやってましたが、掛かってきた電話は取らないといけません)

最初は「ム・・ムリかも滝汗」と真剣に焦りましたが

 

子供達と生きて行くためだし

『絶対に私宛にかかってくる筈がない』と自分を叱咤激励しながら

心の中は震えていましたが、頑張り抜きました。

 

※広告会社に入る前の年の年末に、元夫は胃がんで亡くなっていますから

元夫から会社に電話がかかってくることも、もうなかったのです。

 

(またつづく)※平成時代のお話しです。