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先日、NHKBSで映画『サンセット大通り』を見ました。
今回はあらすじすべて書きますので、ご了承くださいね。
この映画の題名は有名なので知っていたのですが、アメリカ映画だし、なんだか明るい題名なので
戦後すぐの、若者中心のミュージカル映画かな(ものすごい思い込み)と思い込んでいましたが、全く違う内容の映画でした。
ビリー・ワイルダー監督による1950年の映画『サンセット大通り』は、ハリウッドの華やかな光と、その裏に潜む狂気と影を鋭く描いた名作です。
アカデミー賞もゴールデングローブ賞も取っています。
本作は、「プールに浮かぶ男の水死体」が自らの半生を回想するという衝撃的なナレーションから始まります。(wikiより)
1. 偶然の迷い込み
売れない若手脚本家のジョー・ギリスは、借金の返済に窮し、取り立て屋から車で逃げる途中に[サンセット大通り]にある古びた大豪邸へ迷い込みます。
そこには、サイレント映画全盛期に一世を風靡した大女優ノーマ・デズモンドが、執事のマックスとともに、過去の栄光にすがりながら世間を拒絶して暮らしていました。
2. 奇妙な同居生活と依存
ジョーが脚本家であることを知ったノーマは、自身が銀幕復帰を果たすために執筆した脚本『サロメ』の手直しを依頼します。
経済的に困窮していたジョーは、高額な報酬と引き換えに屋敷に住み込み、ゴーストライターを引き受けます。
しかし、ノーマの過去への執着とジョーへの独占欲は次第にエスカレートし、彼に高価な衣服を買い与え、恋人のように束縛し始めます。
一度は拒絶しようとしたジョーですが、彼女の自殺未遂などを経て、ずるずるとその奇妙な依存関係から抜け出せなくなっていきます。
3. 若き希望と高まる狂気
そんな中、ジョーは映画会社の若い女性閲読係であるベティと出会い、密かに2人で新しい脚本の共作を始めます。
ノーマの狂気的な世界から離れ、清純なベティと過ごす時間にジョーはまっとうな希望を見出しますが、夜な夜な外出するジョーの裏切りをノーマが察知し、激しい嫉妬と妄執に狂っていきます。
また、ノーマは映画界が今も自分を求めていると思い込んでいましたが、スタジオからの電話も出演依頼ではなく、彼女の持つクラシックカーの借用依頼に過ぎず、執事のマックスが嘘のファンレターを偽造して彼女の妄想を守っていたという哀しい事実も明かされます。
4. 悲劇的な結末
虚構と現実の境界が完全に崩壊したノーマの姿に恐怖し、すべてを清算して屋敷を出て行こうとするジョー。
激昂したノーマは、背後から彼に向けて拳銃を発砲します。
銃弾を浴びたジョーはそのまま庭のプールへと崩れ落ち、冒頭の水死体へと繋がります。
翌朝、凄惨な殺人事件の現場となった豪邸には、多くの警察や報道陣、ニュースカメラが詰めかけます。
完全に精神を病んで発狂したノーマは、集まったカメラを自分が主演する映画『サロメ』の撮影レンズだと思い込み、
狂気の笑みを浮かべながら、階段をしずしずと降りてカメラに向かってにじり寄ってくるのでした。
私は、この映画の時代を生きていないので、シニカルなシーンや、本当にトーキー時代のスターが実名で出ていても『笑ったり感激したり』まで行かずに、 やはり女優ノーマや執事マックスがただ哀れと感じてしまいました。
そしてノーマ役の最後の連行されるシーンは見事でしたね。
最後に
無声映画時代も含めて第二次世界大戦で本土決戦をしていない、ある意味無傷のアメリカの映画を
今年たくさん見ましたが、その部分には私は、ですけど少しモヤモヤがあります。
日本が戦後のどん底を味わっていたときに、アメリカでは華やかな映画や娯楽が次々作られている。
日本でも戦後すぐに「浮雲」(1955年)や
1970年ではありますがイタリア映画の「ひまわり」などの
同じ「戦後」なのに、画面に映る世界があまりにも違う。(イタリアも敗戦国)
だから『サンセット大通り』を見たあとに『浮雲』や『ひまわり』を思い出すと、
後者の2つの映画からは
「戦争が終わったあと、人間は何を失って、何にしがみつくのか」
という問いを、まったく違う国が描いているなと感じるのですが
同時期のアメリカ映画は(のちのベトナム戦争などからは変わっていますが)
なんだか他人事なんですよね・・・。
こんなややこしいこと思わずに素直に映画鑑賞すればいいものを・・・と思った一作でした。
【作品(脚本)は素晴らしいですよ】
(今年29本目TV視聴含む)





