宇宙人はいると思う?
▼本日限定!ブログスタンプ
おはようございます![]()
台風が心配になってきました、皆様用心しましょうね。
さて、今日のブログスタンプのお題が『宇宙人はいると思う?」ですね
ブログを見返すと、今まで、特に「好き!」な訳でもないのにSFの記事をいろいろ書いていました。
なので同じ物ではなくて、今まで書いてこなかったジャンルを書いてみようと思います。
ウルトラQと初代ウルトラマン ドラマとして光る3つの名作
ウルトラシリーズというと「怪獣」や「特撮」のイメージが強いのですが、 実はその中に、今見ても胸に残る“人間ドラマ”がいくつもあります。
今回はその中から、特に印象深い3つのエピソードを紹介します。
◆ ウルトラQ「2020年の挑戦」(1966年)
― 未来人が語る“人類の行き先”と、過ぎ去った2020年の不思議な感覚―
物語は、ある青年が突然「2020年から来た」と名乗るところから始まります。
彼の名は一郎。未来の地球は科学が発達し、生活は便利になったものの、 人々は自然や精神的な豊かさを失い、どこか空虚な社会になっているというのです。
その未来を変えるために、一郎は過去へ送り込まれました。
しかし、未来を変えようとするほど、一郎の存在は不安定になっていきます。
歴史の流れが変わることで、彼自身が“本来の未来”から外れてしまうためです。
未来を救おうとする行動が、自分の存在を消してしまうという皮肉。
それでも彼は、わずかに残った時間で「未来は決まっていない」というメッセージを残そうとします。
やがて一郎は、誰の目にも見えなくなってしまいます。
残されたのは、彼の言葉と、未来への静かな問いかけだけ。
このエピソードが放送されたのは1966年。
当時は遠い未来だった「2020年」を、私たちはすでに経験しました。
コロナやAI化など、 一郎が語ったような“変化の時代”を実際に生きている今だからこそ、 驚きや絶望感を感じさせます。
怪獣も戦闘もないのに、見終わったあとに悶々とした気持ちが残る。
ウルトラQの中でも、とりわけ哲学的な一編です。
◆ 初代ウルトラマン「ジャミラ」(1966年)
― 人間が生んだ悲劇としての怪獣 ―
宇宙開発の裏で犠牲になった宇宙飛行士が、怪獣となって地球に戻ってくる物語です。
ジャミラは怪獣でありながら、怒りよりも“助けを求める人間の叫び”のように見えます。
ウルトラマンが彼を倒す場面は、勝利ではなく弔いのようで、 「怪獣とは何か」「人間とは何か」を静かに問いかけてきます。
短いエピソードの中に、深い悲しみが凝縮された名作です。
◆ 初代ウルトラマン「禁じられた言葉」(1967年)
― 力ではなく、理性で戦うという選択 ―
メフィラス星人は、地球を力で奪うのではなく、 「人間の心」を利用しようとします。
彼が少年に言わせようとする“ある言葉”が、地球の運命を左右する鍵になります。
このエピソードの魅力は、ウルトラマンが力ではなく 人間の理性と誇りを信じて戦うという点にあります。
最後にメフィラスが残す「今日はこのくらいにしておいてやろう」という言葉は、 勝敗ではなく価値観の違いを示す、静かな余韻を残します。
いかがでしたか?見た方も多いのではないでしょうか。
そして今一度見て見たいドラマですね。



