おはようございます![]()
久しぶりにトイレカレンダーをゆっくり見ていると
今日は飛鳥時代の乙巳の変(いっしのへん)
(ウィキペディアより)
派手に飛んでますね。切れ味抜群ですね。←昔から思ってたw
明日は明智光秀の命日と書いてありました(天正10年6月13日)
(ウィキペディアより)
西教寺にある明智光秀とその一族の墓
乙巳の変で暗殺されたのは蘇我入鹿(そが の いるか)です。
蘇我 入鹿は、飛鳥時代の豪族。蘇我蝦夷の子。
父を継いで大臣となり皇極天皇の下で権勢を振るったが、対立する上宮王家を排斥するなどの専横を憎まれ、乙巳の変で中大兄皇子と中臣鎌足らにより討たれた。
蘇我入鹿首塚と甘樫丘
このあたりの歴史に全く疎いのですが、興味はあります。
ただ、貴族特有の名前がややこしくて(皆同じ名字とか)、わかりにくくて
つい、敬遠しちゃうんですよね。
でも今から1400年近く昔のことなのに、日にちがはっきりわかっていることに驚きました。
明智光秀の時代になると今から444年前のことなので日付がはっきり残っているのもわかりますが、ウィキペディアでさえ、殺されなかった説が載っているのですね。
なんとなくですが「シュッとした優男」のイメージです。
明智光秀の娘として生まれた玉子は、信長の勧めにより細川忠興の正室として嫁ぎ、子宝に恵まれます。
しかし父光秀が本能寺の変で主君である信長を討ったことで、玉子は逆臣の娘というレッテルを貼られ、丹後の山奥にある「味土野(みどの)」に幽閉されることになります。
そこでひそかにカトリック信者となり「細川ガラシャ」となります。
明智光秀の家臣斎藤利三の娘として丹波で生まれたお福は、後の徳川家光の乳母、「春日局」になります。
家光は、実母以上にお福を遇したとされ、その後、何百年もの江戸幕府の秩序としきたりを築き上げ、大奥の礎を作ったといわれています。
最近大河ドラマに光秀様(要潤様)が出ていませんが、今度出るときはいきなり本能寺の変なのでしょうか、気になりますね。






