おはようございます![]()
年度末日ですね、新年度はいろいろなことが変わるとか
うちは新聞を取らなくなって久しいので、こんな時困ります
だれか一覧表にしてほしい~
あ、AIさんに作ってもらったらいいか~( ̄∇ ̄)
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先日TV(NHKBS)で1939年のアメリカ映画『スミス都に行く』を見ました。
かなり面白かったです。 (今年11本目)
『スミス都へ行く』(1939)は、フランク・キャプラ監督とジェームズ・スチュワートの代表作で、アメリカ民主主義の理想と腐敗の対立を描いた名作ですが、
全編お堅いわけではなく、コメディ的な部分もあって、見やすい映画になっていいます。
今観ても古びない力を持ち、公開当時は政治家から批判されつつも大ヒットしました。
1939年製作で、今から80年以上前の映画です。
それでもなお心をつかむのは、この作品が今、ますますひどくなるばかりの政治の腐敗を“善意の力”と“個人の勇気”で真正面から戦う姿を描いているからだと思います。映画のクライマックスは圧巻でした。
基本データ
原題:Mr. Smith Goes to Washington
公開:1939年(日本公開は1941年)
監督:フランク・キャプラ
主演:ジェームズ・スチュワート、ジーン・アーサー、クロード・レインズ
上映時間:129分
原作:ルイス・R・フォスター『モンタナから来た紳士』
受賞:第12回アカデミー賞 原案賞受賞、作品賞など11部門ノミネート
あらすじ
田舎のボーイスカウト指導者ジェファーソン・スミスが、急遽上院議員に指名されることになった。
ワシントンに到着した彼は完全に「お上りさん」だった。
ワシントンで次第に政治の腐敗を知り、巨大な利権に巻き込まれ、不正を暴こうとすると、信頼していた先輩議員の裏切りに合い、巨大な力に議員として潰されそうになる。
それでもスミスは、たった一人で議場に立ち続け“フィリバスター(議事妨害)”で真実を訴え続ける。
不正の黒幕の力は大きすぎて、彼の純粋さ誠実さはもはや風前の灯火・・・

この「一人で立ち続ける」姿が、映画史に残る名シーンです。
見所
1.ジェームズ・スチュワートの“純粋さ”の演技
彼の代表作のひとつで、
「こんなに真っ直ぐな人間が本当にいたら…」
と思わせるほどの説得力があります。
実際、喉を枯らすために薬品を使って撮影したという逸話も。
2.フィリバスターの緊迫感(主に米上院で行われる、長時間の演説などにより議事進行を意図的に遅延・阻止する「議事妨害」のことです。
日本では「牛タン戦術」とも呼ばれます。)
23時間以上立ち続けて演説するという、アメリカ議会の実際の制度を使ったクライマックス。民主主義の“理想”と“現実”がぶつかります。
3.キャプラ監督は「人間の善意」を信じる映画を多く作りました。 しかし本作は メディア操作・フェイクニュース・政治腐敗 といった現代にも通じるテーマを鋭く描いています。
当時の反響
アメリカの政治家たちは「国の恥部を描きすぎ」と激怒(第2次世界大戦直前ですから)
しかし一般観客には大ヒット
スチュワートはニューヨーク映画批評家協会賞 男優賞を受賞
“政治映画”でありながら、娯楽性と感動を両立した稀有な作品として評価され続けています。
今観ても面白い理由
腐敗 vs 理想 という普遍的テーマ
主人公の成長物語としての面白さ
コメディ要素とシリアスの絶妙なバランス
映像のテンポが現代的で、古さを感じにくい
「古い映画なのに面白かった」と感じられたのは、
“人間のまっすぐさ”というテーマが時代を超えるからだと思います。
終盤からエンディングまで怒涛の展開で、私はまるで映画ロッキーの試合を見るように興奮しましたし、余韻もまるでロッキーを見たあとのようでした。(まったくジャンルは違います)
ロッキーもスミスも、絶望 孤独 圧倒的な不利
という状況から、「それでも立つ」 という一点で物語が再点火します。
スミスが議場に戻る姿は、ロッキーがリングに戻る姿と同じ“英雄の再起”なんですよ。
もはやめちゃくちゃスミスを応援したくなってます。
最後の“逆転”がスポーツ映画の快感と同じ
敵対していた議員がついに崩れ落ち、過ちを認めて真実を叫ぶ。
あの瞬間は、ロッキーが最後の一撃を決めたようなカタルシスがあります。
キャプラ監督はスポーツ映画を撮ったわけではないのに、
観客の感情を“試合のように”盛り上げる構造を完璧に理解していたんですね。
なんとアマゾンプライムでは見られるようです。
古い映画のエレガントさや、見応えのある演技力、清々しい余韻をぜひどうぞ。

