おはようございます![]()
先日TVで映画『天地創造』を見ました【今年7本目】
私は小中とキリスト教の学校で学んだので、出てくるお話はすべて知っていました。
60年前のCGがない時代に作られたと思うとどうやって撮ったのかと驚く大スペクタルでした。
映画鑑賞後、映画の話をチャットGPTさんと話していて
チャットさんがお話を教えてくれました。
【チャットGPT】
「日本人が一番驚く旧約聖書の話」それは旧約聖書「創世記22章」に出てくる
『アブラハムの試練』です。
物語の流れ
主人公は
アブラハム
そして息子の
イサクです。
① 老人になってから授かった息子
アブラハムは神に選ばれた人でしたが
長い間子供がいませんでした。
しかし神は言います。
「あなたの子孫は星のように増える」
そして老年になって
奇跡的に生まれたのが イサクです。
つまり
アブラハムにとって命より大切な息子でした。
② 神の命令
ある日神が言います。
「あなたの愛する息子イサクを
山で焼き尽くす供え物として捧げよ」
場所はモリヤの山です。
つまり
息子を神に焼いて捧げよ
という命令です。
ここが、世界中の読者が驚くところです。
③ 山へ向かう
アブラハムは何も言わず息子と一緒に山へ向かいます。
途中でイサクが聞きます。
「父よ、火と薪はあるのに供え物の羊はどこですか?」
アブラハムは答えます。「神が備えてくださる」
この会話は聖書の中でも非常に有名な場面です。
④ 祭壇
山の上で石で祭壇を作り、薪を積み、イサクを縛り
そして、ナイフを振り上げます。
⑤ 天使が止める
その瞬間、神の使いが叫びます。
「手を下すな!」
そして神は言います。
「あなたが神を畏れていることが分かった」
近くに角を茂みに引っ掛けた羊がいて![]()
それが代わりの供え物になります。
この話の意味(ユダヤ教・キリスト教)
この物語の意味は一言で言うと
神への絶対的信頼です。
アブラハムは
息子、未来、約束
すべてを神に委ねました。
だから
『信仰の父』と呼ばれます。
日本人が衝撃を受ける理由
多くの日本人はこの話に
「えっ?」となります。
理由は簡単です。
仏教では親が子を殺す命令を神が出す
という発想がほとんどないからです。
仏教の基本は
不殺生
慈悲
です。
だから「信仰の試験」
という発想自体が少し違います。
実はこの話の重要な意味
歴史的にはこの話は人身供犠の否定とも言われます。
昔の中東では子供を神に捧げる宗教が実際にありました。
この物語は「神は人間を殺す供え物を望まない」という宣言だと解釈する学者もいます。
もう一つの見方(キリスト教)
キリスト教ではこの物語はイエス・キリストの予告だと解釈します。
つまり
父が息子を捧げる山で犠牲にするという構図です。
面白い点(宗教史)
実はこの物語は
ユダヤ教 キリスト教 イスラム教
3つの宗教すべてで聖なる話です。
ただし
イスラム教では
犠牲にされる息子は
イサクではなくイシュマエル(母違いの子)だと考えられています。
実はこの話には
日本人がさらに驚く「続きの解釈」があります。
それは
「イサクは本当に何も知らなかったのか?」という問題です。
聖書学者の間ではかなり深い議論があります。
この話が世界宗教の中心になった理由
この物語はユダヤ教 キリスト教 イスラム教すべてで重要です。
つまり世界人口の半分以上が知っている物語です。
映画 天地創造 がこの場面を入れているのもそれだけ重要だからです。
実はこの家族の子孫が
旧約聖書ではユダヤ人アラブ人の祖先につながるとされます。
つまり
アブラハム一家の物語はただの家庭ドラマではなく、中東文明の神話的な起源でもあります。
仏教との違い
仏教の物語では例えば釈迦 の伝記などは比較的「完成された人格」として描かれます。
しかし旧約聖書では、信仰はある、でも人間は弱いという描き方です。
この点が東洋の宗教とかなり違います。
私たち日本人の宗教の常識や価値観では、聖書の世界を理解するのはなかなかにハードルが高そうです。
仏教は哲学的で、自分で考えたり律したりするところがあると思ってるのですが
旧約聖書の世界はまるで違うようです。
※どちらかの優劣を言っているのではありません。
この世界観の違いがあるのですから、(もちろん他起源の宗教も)
みんながわかるように、納得できるように国連があったり国連憲章があるのですね。
またもや真面目ですいません。

