おはようございます![]()
ボケの花の盆栽が安く売られていたので買ってみました。
お花が咲き出しました![]()
紅色のお花だと思って買ったのに、ピンクでした![]()
いいよいいよ、あなたもとってもかわいいものね![]()
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少し前にあるブロガーさんから「最近心に響いたのは中島敦の山月記の再読です」と教えていただいて、すぐに(中古本を)手に入れたのでした。
この小説を読む前と後で、ネットでいろいろ下調べしてたので、この作品が「短編集」だとは知っていましたし、昭和のころから高校の国語の教科書に掲載され続ける名著だとわかりました。
残念ながら覚えてなかったんですけど。
本を開くと・・・![]()
なるほど~
おすすめされてなかったら、最初の5行ぐらいで言葉遣いの難解さに根をあげて、本を閉じていたかもしれません。(本の後半は注釈でびっしり)
そもそも中国古典文学をもとに書かれた作品なので、その雰囲気はまるで漢文を読むような感じです。
ただ、読んでいくと難解だけど文章にリズムがあって、くせになりそう・・・と思うのもつかのま
お話が進むとその硬さはとれて急に読みやすくなります。
最初の数行がものすごく堅苦しいのは、その文章で主人公の性格や立場を示しているのですね。
序盤のあらすじは・・・
李徴(りちょう)は若くして秀才と名高く、科挙にも合格したエリート官吏だった。
しかし彼は自尊心が強く、同時に臆病という性質を抱えているのですが、官吏としての安定した道よりも「詩人として名を残したい」という夢を優先してしまう。
その結果、官職を辞して妻子と共に故郷に戻り、詩作に専念するが、思うように評価されず生活も困窮していく。
やがて自らの才能への焦りと、他人に劣ることへの恐怖が募り、心は次第に荒んでいった。
そんなある日、李徴は旅の途中で突然姿を消し、以後行方不明となる。
物語は、彼がなぜ消えたのか、そして何が起きたのかへと向かっていく。
私はとても仏教的なお話だなと感じました。
誰にでも読めるように寓話に仕立ててありますが
仏教的には、これは「我」に囚われた者の典型的な苦しみの姿の話です。
ちなみに小説「山月記」にはほかにも短編が入ってますが
どれもが仏教的思想でつながっています。
中国といえば「儒教」ですが、中島敦が仏教的要素を軸に置いたように感じました。
仏教、儒教と言うところから芥川龍之介の「杜子春」や「羅生門」を思い出したりもして、かなり余韻も楽しめました。
こちらは朗読です、TVを消して集中して聞くととっても面白いですよ。
「我が臆病な自尊心、尊大な羞恥心」
「人生は何事もなさぬにはあまりにも長いが、何事かをなすにはあまりにも短い」
確かに変な自信があるのに、考えすぎて動けず、失敗したときの恥ばかり気にしてしまう人、いくらでもいる気がするし、一部分なら自分にもあるかも~と考えさせられました。
いや~すごく面白い本を教えていただきありがとうございました。
やっぱり「名高い名著」はすごいですね。こういう系統も続けて読んでみたくなりました。
※仏教的の下りは個人の感想です。


