おはようございます![]()
リウマチ持ちの皆様いかがお過ごしでしょうか
「今年に入ってから体の痛みや腫れが出ないなぁ、もう完解なのかしら?」と思っていたら
一昨日夜からドッカンとリウマチ発作がでましたよ、れっきとした「季節の変わり目」ですね。
花粉症で鼻もずるずるなのに、弱り目に祟り目ですね。
体、今回は特に肩が痛いよ~と寝られずにいましたら(その時によって痛んだり腫れる場所が変わることがある)
なんだか鎖骨あたりも刺すように痛い、いた~い
寝られな~い、体を動かせない~![]()
と思いながら朝が来て、夫に痛いところに痛み止め湿布を貼ってもらって
鎖骨を触ると、まぁ、なんということでしょう
500円玉ぐらいの大きさで右鎖骨の真上がぼよんと腫れています。
最初はこれはどうしたことかと驚きましたが、ネットで調べると関節リウマチで鎖骨が腫れることがあるとあったので
これもリウマチ症状なのねと理解しました。
そこにもすぐ湿布したので、今日は腫れも引いてきています。
こんな変なところが腫れるなんて完解どころか、進んでいるのではあるまいな と思いながらも
ゆるゆると家事をこなしています。
リウマチでない方にはおもしろくない情報でしょうから
お口直しにここでコーヒーのお話しを
(2025トイレカレンダーより抜粋しました)
コーヒーは、オランダ船が日本に伝えたようで、1795(寛政7)年の『長崎見聞録』に
「かうひいは蛮人煎飲する豆にて・・・日本の茶を飲む如く、常に服するなり」とある。
明治の初めには、外国人の珍しい飲食習慣のひとつとして各種の新聞などがコーヒーを紹介し
「加非」「架琲」「珈琲」などの字をあてている。
明治7年頃、洋学を学ぶ学生は、コーヒーを「豆茶」と訳せと教えられたという。
1887(明治20)年頃からは日本人にもコーヒーを飲む人が増えはじめ、その頃から流行した川上音二郎の
オッペケペ節で「はらにもなれない洋食を、やたらに食うのも負け惜しみ、
ないしょで後架でへど吐いて、まじめな顔してコーヒー飲む」と唄われた。
1888(明治21)年4月6日、上野黒門町に開店した「可否茶館」が、日本初のコーヒー店。
コーヒー1杯の代金は1銭5厘で、新聞雑誌室、更衣室、運動具を備えていた。(抜粋ここまで)
いかがでしたか?私はコーヒーの苦みが苦手で飲むときはいつもカフェオレなんです
なので私が当時生きていたら、洋食よりもきっとブラックコーヒーをのんでへど吐いていたでしょうね( ´艸`)キタナクテゴメンナサイ

