おはようございます![]()
11月のEテレ100分de名著は 百人一首がテーマでしたね。
子ども時代は何度か「かるや遊び」をしたし、「坊主捲り」はそれ以上に何度も遊んだ百人一首
。
解説のピーター・マクミランさんは百人一首の研究者として、海外に向けてどんどん発信していらっしゃる方です。
学生時代には眠くなるような百人一首のお歌の授業でしたが、こうやって解説していただくと、興味深く楽しむことができました。
今日は『gooランキング』というサイトに掲載されていた、百人一首の人気ランキング(1位~5位)をご紹介します。
なるほど、聞いたことある歌ばかりですが、現代語訳を聞いてみたいですよね~![]()
5位は 「春すぎて夏来にけらし白たへのころもほすてふあまの香具山 」持統天皇(645~702年)
いつの間にか、春が過ぎて夏がやってきたようですね。夏になると真っ白な衣を干すと言いますから、あの天の香具山に(あのように衣がひるがえっているのですから)。
※天智天皇の第2皇女で、壬申の乱の時に夫の大海人皇子(おおあまのみこ。後の天武天皇)を助けました。
夫の死後、皇子・草壁が28歳の若さで死んだために持統天皇として即位しています。
4位は 「しのぶれど色にいでにけりわが恋はものや恩ふと人の問ふまで」 平兼盛(たいらのかねもり。?~990)
心に秘めてきたけれど、顔や表情に出てしまっていたようだ。
私の恋は、「恋の想いごとでもしているのですか?」と、人に尋ねられるほどになって。
※平兼盛 光孝天皇のひ孫・篤行王の3男で、臣籍に下って平氏を名乗り従五位上・駿河守となった。
後撰集の頃の代表的歌人。赤染衛門の父という説もある。三十六歌仙の一人。
3位は「花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」小野小町(生没年未詳、9世紀ごろ)
世界三大美女と称される小野小町が詠んだ歌。
直接的な意味は「春の長雨が降っている間に、むなしくも桜の花が色あせていった」だが、
「いろいろと物思いに沈んでいる間に時は経ち、自分の美貌も衰えてしまった」という2重の意味が含まれているという。
※伝説の美女で、六歌仙、三十六歌仙の一人。
平安初期の女流歌人としてナンバーワンとされる人です。
小野篁(おののたかむら)の孫であるとか諸説がありますが、正確な経歴は分かっていません。
「若い頃は絶世の美女と謳われたが、老いさらばえて落ちぶれた人生のはかなさ」を表現した謡曲や伝説が多数書かれています。
土地の美人のことを「××小町」などと言うのも小町伝説の影響です。
2位は「田子の浦にうちいでて見れば白たへの富士の高嶺に雪は降りつつ」山部赤人(やまべのあかひと。生没年未詳、7~8世紀頃)
「田子の浦(現在の静岡県の海岸)に出てみると、白い布をかぶったように富士山の山頂に雪が降り積もっている」という意味。百人一首の4番目に登場するため、見聞する機会の多い歌の一つ。
※奈良時代初期の宮廷歌人で、万葉集第3期の代表的歌人です。
生没年は分かりませんが、天平8(736)年頃没したとも言われています。
身分の低い下級役人だったようで、天皇の行幸などに同行して歌を捧げたり、皇室で不幸があれば挽歌を詠むなどの仕事が多かったようです。
1位は「ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは」在原業平(825~880)
「競技かるた」を題材にした漫画『ちはやふる』のタイトルの元となった歌。
「不思議なことが当たり前に起きた神々の時代であっても、紅葉で色鮮やかに染まった竜田川(現在の奈良県を流れる紅葉の名所)ほど不思議で美しいことは起きなかったに違いない」という意味。
※平城(へいぜい)天皇の皇子・阿保(あぼ)親王の息子で、百人一首の16番に歌がある、中納言行平(ゆきひら)の異母弟でもあります。
右近衛権中将(うこんえごんのちゅうじょう)にまで出世し、「在五中将」や「在中将」と呼ばれました。
六歌仙の一人で、伊勢物語の主人公とされ、小野小町のように「伝説の美男で風流才子」とされました。
いかがでしたか?季節の移ろいを読んだ歌、恋の歌などどれも古い歌とは思えない瑞々しさを感じてしまいました。
いざ和歌を創るとなると、いろいろな制約や決まり事も多く、それが授業を退屈にさせるのですが
鑑賞だけだと、とても優雅でそれでいて身近なお歌であることがよくわかりました。





