おはようございます晴れ

 

昨日のブログにいただいたコメントで

 

『世の中の末っ子はたいてい川から流れて来ただの、橋のたもとでひろっただの言われて育ちます。』とありました。

 

私は一人っ子なので、面と向かって言われた記憶はないのですが

早くからこの言い方を知っていましたね、きっとTVのドラマやお笑いなどでもよく使っていたのでしょう。

 

書いて下さった方は関東の方、こちらは関西ですが、同じ言い方をしていたことにちょっと面白いなとおもいまして

由来など、調べてみました。

―ヤフー知恵袋より―

昔は捨て子を拾うと健康な子供になるといわれていました。子供の生存率が極めて低かった時代は、子供の成長を願うおまじないがいろいろあったんですね。

だから、わざと橋の下とか河原に親戚が子供を捨てて、実の親がそれを拾いに行くというようなことをしていました。

ですから、捨てる橋は特定の橋ということはありません。近くの橋なのです。

 

戦前の人の名前には捨子とか他人という名前まであったそうです。

豊臣秀吉は長男が生まれたとき(1589年)に1度捨てて拾うという儀式を行い、名前にも「捨」という字を使っていましたが、早くに亡くなってしまったので、次男には「拾」という名前をつけています。「この子は粗末な子だから、どうせ取り憑くなら他の子に取り付いてください」といったニュアンスでわざと投げやりというか捨て鉢な名前をつけたのです。

このお話を聞くと、実は子供を想った「いい話」なのですが、もう一つのいわれとして、「橋の下」とは、その昔は賎民や浮浪者の住むところだったそうで、
そこから「橋の下から拾ってきた」とは、「どこの誰の子かもわからない」という意味があり、子供を突き放すような叱り方の一つになったようです。

 

いい話と、そうでない話、両方あるって言うところが面白いですね( ̄▽ ̄)

まぁたしかに、親は四六時中優しい顔でいられるはずもなく、たまには鬼の様相で叱りつける時もあるので

相反する2つの意味があるのも、わかるような気がします。