おはようございます曇り

 

昨日は父の祥月命日で

去年が7回忌だったので

今年はこじんまりする予定でしたが

 

父の祥月命日だけはお参りに来てと次男に伝えたら

2時間近くかけて(JR神戸線が遅れていたため)

来てくれたり、母の叔母が手伝いに来てくれたり

父を慕って、長いお付き合いの方も来てくださったりと

 

事前からの準備も合わせて、まだコロナ禍だから、どうかな~と思っていたのですが

意に反して、父の好きな「にぎやかに」法事を終えました。

 

父の好きなお酒

あんぱん

大福、最中 もお供えしました。

 

父もいろんな人の顔が見られて、喜んでくれたかな?

とにかく私はホッとしました。

 

写真に手を合わせて、お焼香。

『母がいないでしょ、来られへんねん

 どのタイミングで、母を呼びに来るのか

 お父ちゃん、よく考えてな』と心の中で・・・

 

父の写真をみるたびに、そう思う私です

だって、よくお世話していただいていると思うけれど

自分が帰りたい場所で暮らせていないことを(実際の実家ではない)

私もとても心苦しく思っていて

母が父のそばに行けたらとさえ、思ってしまうのです。

 

若いころの私にとって両親は、自分勝手で大嫌いな人たちで

反面教師として生きてきたつもりです。

 

でも、よく言うように

誰でもが「いつか行く道」なんだなぁと

自分の劣化を感じて、ひしひしと感じるようになりました。

 

父にも母にも、いいところもありました

それは「外面」の部分だったからこそ

娘である私にとってはとっても嫌に感じたものですが

 

今、こうして、父の命日に来てくださる方たちを有難くおもてなしして

父を誇りに思うように、やっとなってきた感じです。

 

父は会社をリタイアした60歳から死ぬまで

ボランティア(本人はその言葉を知らなかったと思う)に力を入れた人でした。

 

私も来年60歳です、父と同じような方向に生きていきたいなぁと改めて思いました。

 

昭和44年 みさき公園にて