自分が蚊帳の外にいると思ったことはある?

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おはようございますくもり
 
昨日からコロナの濃厚接触者の自宅軟禁時期が解けて
諸所買い物にいき、ローラちゃんと動物病院にいき(定期健診)
長男の車のバッテリーが上がってしまったので
長男にかわってディーラーさんに行ってバッテリーを替えてもらってって
していたら、1日が終わりました。
 
もう長男からコロナがうつる気はしないけど
市内のコロナの猛威はまだすごいので
買い物など、まだまだ気を付けないといけませんね。
 
昨日は「となりのトトロ宇宙人くん」やってましたね
なんとなく夫と最後まで見ました。(何度も見てます)
 
トトロのお話の中でも大きな蚊帳がでてきますね。
トトロのお話は昭和28年を想定し、場所は埼玉県所沢市を想定していたそうです。
 
あの大きな大きなクスノキも、田んぼや畑も、今や都会か住宅街に様変わりしているのでは?
と思いながら見ていました。
 
 
蚊帳の外の思い出は・・・いっぱいありますよ
 
わざと仲間外れにされたのではなくて
子供の頃の私は虚弱体質だったし、内気だったし、怖がりだったし、自意識過剰だったので
それがもとの大失敗もいろいろしました。
 
例えば
ガーベラ小学校の3年生ぐらいの時、クラスで(女子校だったので女の子ばかり)大きなもめ事が起こって
クラスが2分するようなことがあったのですが
私は、そこにいるのが辛いし、どちらの味方になる気もないので
一人校庭でブランコに乗ってました。
 
そしたら、お友達が駆けてきて、軽くなじられました。
協調性を持ち合わせてなかったんですね~~~(今もか)
 
 
あとはビリッけつ物語
その1 チューリップ小学校の高学年の時、日本の都道府県名とその県庁所在地を全部覚えるという取り組みがあって
毎日テストがありました。
私は、覚えているはずなのに、テストになったら書けなくて(しっかり覚えられてないだけだと思うけど)
そのテスト、満点が取れたら抜けていくので、どんどん参加者が減っていって
先生も呆れて、授業中にやらなくなって、相談室みたいなところにできない子を集めて、毎日テストしてました。
私は・・完全にビリだった記憶はないけれど、かなりびりっけつでした。その人数が減っていくストレスに押しつぶされて、余計に頭が真っ白になったのを、今でも覚えています。
 
その2 ガーベラ中学の時の水泳の授業 これも能力別クラスでした。私は10メートルぐらいしか泳げないクラスにいてたのですが
そもそもプールに入るたびにチアノーゼを起こして、見学になっていたし、水泳なんて大嫌いでした。
ある日、夏風邪をひいて、学校をお休みして、復帰した日に、私は水泳大会の背泳ぎの部に名前が挙がってることを知りました。
もちろん抗議にいきましたが、まったく受け付けてもらえず、当日私は半べそで、ほとんど泳いだことのない25メートルプールで、背泳ぎをさせられましたが、当然、まったく泳げず(トライはした)、競争だったので激しくビリで、途中退場となりました。
激しくビリな最中、先生方が困った顔されているのが見えましたが、私の恥ずかしさや辛さは言うまでもないですよね。
 
その3 あじさい今度は高校生の時、家庭科でスカートをミシンで縫う課題がありました。ゴムのスカートではなくて
しっかりウエストに芯を入れて、鍵ホックにファスナーを付け、ダーツも入れて、裏地もあるスカートです。
またまた私は激しく不器用だったので(左利きだし)完成がものすごく遅れました。
「人より遅れている」と思うだけで、ますますできなくなるんです。そして完成した人が抜けていくと、もっと焦ってへたくそに輪をかけて失敗して縫い直し、そればかりやってました。
私はなんとその学年を終えてもまだ完成できなくて、春休みに学校に行って完成させました。
かえって誰もいない家庭科室で作業する方がのびのびできました(言い訳)どうしてこんなことができなかったの?と完成したタイトスカートを眺めながら思ったものです。
 
今では逆に堂々としたおばはんになって真顔蚊帳の外も平気だし、自分がどんくさいことも百も承知なので、そういうものからは遠ざかってますが、まったく生活に支障はないですよ~、ほんと当時の学校教育って、なんだったのかな~と思います。
もちろん悪いことばかりの学校生活ではなかったですけどね。
こんな絵にかいたようなダメっこでした。
蚊帳の外といえば、こんなことを思い出しました。