こんばんは~星空

 

ちょっと心が重苦しくなって

それを払拭したくていろいろ考え事をしていたら

 

生きるとか死ぬってことをわかってるのは人間だけ?

 

という疑問がわきました。

 

 

もちろん飼ってきたペットを思い返しても

仲間の死をわかってる場合もあるし

わかってなさそうな時もあった

 

つがいの動物などは、生き残ったほうが、後を追うように、ストレスから死んでしまうこともあるという話も聞いたことはある。

 

でもそれは人間が言葉で「死んでしまった」「二度と会えない」という感覚や認識と同じかどうかはわからない

 

いつまでたっても動かない、反応がない、そばにきてくれない、だから何かしらのショックやストレスをうけているのでしょうね。

 

読んだことはないのですが

『死を悼む動物たち』という本があるそうです。

 

 

 

この本を紹介したサイトもありました。

 

 

それによると

本書には様々な動物が登場します。
サバンナで生きる象などの野生動物達、飼育されているヤギや鶏などの動物やペットとして飼われている犬、猫やウサギ、そして海に生きる哺乳類達です。
彼らが仲間の死に直面した時に、どのような態度をとっているのかの記録です。

 

普通に考えられることは、知能の差によって、表現の仕方や感情の出方には差があるということです。

 

そして人間でも、悲しみ方は千差万別なのと同じく、きっとほかの生き物たちも千差万別なんだろうなということです。

 

だから私たちがすでにインプットしてしまった動物の感情の擬人化は、必ずしもあってないかもしれないことを、改めて考えてみたりしました。

 

私の最愛の猫 故ロビンさんは3年間腎不全に苦しみ、最後は貧血でふらふらになり、本当の最期はけいれんを起こして亡くなりましたが、病気による食欲のなさや体のしんどさ、毎日される点滴や投薬は少なからず辛かったと思いますが、「死」を知らないのであれば、「死」の怖さを感じることがなくお空へ行けたのかなぁとか思います。

 

昔は猫は死に際をわかっていて、姿を消すなどといいましたが、ただ、体を安らげて、涼しい場所を探していって、そこで死んだんだろうと思います。

 

私が高校生の頃に飼い始めた猫の「ごんべい」は近所のボス猫でテリトリーはかなり広かったため、毎日テリトリー回りで、なかなか家に帰らず、たまに帰ってくるのは大けがをしたときとかだったのですが、そのゴンベイは私が嫁にいって数年後、私の部屋の押し入れの布団の上で長々と横たわって死んでいたそうです。

 

話はあちこちにいきましたが

人間の考える、文字通りの「生き死に」をわかっているのは人間だけでしょう。

「生き死に」を理解していることが幸せなのか、つらいのか、それもよくわかりません。

しかも「心の存在」とか「死後の世界」とかまだわからないことがたくさんあります。

だけど「生きる」「死ぬ」を理解している奇特な動物なんだな、人間はと思うと

ほかの生き物の生き死にに関して、人間だからこそもっと優しくなれるのではないかなと思いました。

 

小学生の作文みたいになってしまいましたね、まじめですいません。