こんばんはー星空

 

ひさしぶりの夜の投稿です照れ

 

今日も姑の言動で頭にきましたむかっ

取り繕う嘘が多くて

それで乗り切ろうと必死になってにらんでくるので

もう相手にしないと思っていても

やっぱり心は傷つくし

対応したあとはもうやさぐれて放心状態ですチーン

(内容はしょーもないことです)

 

もういや

もう何もしたくない

もう寝てしまいたい

好きなことしたい

ケーキ食べたい

だれか甘やかしてほしい

私のキャパなんて耳かきぐらいなんだよ~

とっくにだだもれなんだよ~

 

 

はーーー、吐きだしてちょっぴりすっきりしました

お目汚し申し訳ありません

 

でもね、私ってほんとに根がまじめで(自分で言う)

やさぐれても

そんな時に心を正すことばを探していたりします

 

 

 

人というものは、みずからを忘れて他を
知るを実道とは申し侍るなり。(慈円)

 鎌倉時代の天台宗の僧で歌人としても有名な慈円(じえん)の言葉です。「自分の物差しではなく、相手の状況を見ることこそ人間の生き方である」と言っています。たとえば電話をかけるとき、相手の都合を考えて時刻を気にするのは当たり前のことです。また、久しぶりに会う知人には、体の調子や近況をたずねます。これも常識です。「正しい日々の生き方」とはそんな常識的な相手への気遣いの集積なのです。「自分のことはひとまず忘れなさい。相手がどういう状況にあるのか、それを知って行動するのが人間の生き方なのだ」とお釈迦さまが教えているのです。
(中野東禅著 人生の問題がすっと解決する名僧の一言 三笠書房 より)

 

 

自分は年寄りになっても自分に固執しないで(姑)

人に気遣いできるようになろう・・・

人に気遣いできることが

人であるっていうことなんやな。