個人的な人に宛てた応援メッセージです
今は大越先生の言葉を少しずつ書いていきます
私は数年前、毎年、秋に催す越前海岸での「告白合宿」で、ふとしたきっかけから「自分関係」という言葉を作りだしました。
何かの折に、告白者の一人が「先生、おれ、なんかイライラするねん。対人関係うまくいかへんねん」と言った時、私は思わず、「君は他人との関係の前に、君自身、自分との自分関係が崩れたんと違うか」と応じたのです。
こう発言した後、自分でもハッとし、我ながらすごい言葉を発したものだと思いました。
この子に限らず、「なにかイライラする」子どもたちは、表面的には他人との人間関係がうまくいかないように見えていて、じつはそれ以前に自分で自分のことを観察しすぎたり、意識しすぎて自分が分裂していることが多いのです。
この告白者も私がハッとした以上にハッとして、自意識の強すぎる自分を反省したようです。
そして、合宿から帰ってきて「自分関係が崩れる」という考え方を、私の知りうる限りの本を見て調べたのですが、それに該当する言葉はどこにもありませんでした。もちろん「自分関係」という四文字熟語も見つかりませんでした。
本当の意味で元気な人は、自分と自分の関係が1つになっていると思います。
だからこそ元気だといってもいいでしょう。つまり、行動する自分と、観察する自分が一体化しているという事です。言い換えると、意識があるときの自分と、無意識の自分が一つになっているといってもいいでしょう。
ところが、何かパニックが起こるとこの2つが分裂し、ここから苦悩が始まるのです。そのつらさを除去させる方法の一つとして薬物投与があるでしょう。これも科学の力には違いないのですが、それだけでは根本治療には成りません。それでは、どのようにして意識の自分と無意識の自分を1つにすることができるのでしょうか。
インドのクリシュナムルティという偉大な哲学者がいました。彼の思想の根本には「考えるな」という教えがあります。とてもシンプルな言葉なので「たったそれだけか」と思うかもしれませんが、実行しようとするととても難しいことです。人間はたとえ普段ろくにものを考えない人でも、パニックを起こすとあれこれと考えてしまうものだからです。
また天風会という修行団体を作って多くの人に影響を与えた中村天風さんは、人々に「あらゆることをきれいに忘れられたら、すべての病は治って病院はいらない。忘れなさい」と説きました。
分裂した自分を1つにするのに「考えるな」「忘れろ」と言われたら、かえってその方が難しいというのが実感でしょう。しかし、確かに考えれば考えるほど、自分の分裂は大きくなってしまうのです。
「下手の考え休むに似たり」だとすれば、いっそ考えない、忘れる方向を向くというのも、「自分関係」の有効な調整方法になるのではないでしょうか。
私はよくセミナー中に、「忘れているというのは、健康な証拠だよ。今、自分が息をしていると思ったか。左手の小指のことが気になったか?そこをカミソリで少しでも切ってごらん、気になってしかたがないから。なっ、わかったか、忘れているというのは元気な証拠なんだよ。だから君たちも、不登校という言葉が気にならなくなったら、その時がハッピーな時だよ。」というようなことを言います。
塾生たちは『なるほど』という顔をして深くうなずいています。
不登校や引きこもりで悩む子どもたちも、自分で自分を見つめるもう一人の自分の存在、分裂した二人の自分に悩まされているのです。
「忘れることによって「自分関係」を調整しましょう」
「自然に勉強する気になる子の育て方」P67~69より
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※師友塾、天風会を推奨しているわけではありません。
※夜回り先生(水谷先生)も「自分病」という言葉を使っています。
自分の中へ中へ 暗いところへ逃げ込もうとする病気という意味で使われていて
自分病からの脱出方法は誰かのために「幸せの種をまこう」というものです。