人気になることは、果たしていいことでしょうか?
人気を得るために、中には犯罪まがいの行為について投稿している人もいるようです。
バカッター、という単語が現れたのも珍しくなくなってきました。


「ブログよりも簡単に始められて、速報性を持つツイッターは、多くの人が参加するサービスとなった。しかし、それに伴い、ネットリテラシーの低い層が大量にツイッターのIDを取得。以前ブログ界で起きたのと同様、いやそれ以上のバカらしい事象が次々と起きるようになってしまったのだ。彼らは熱心な芸能人フォロワーとなるほか、自身の飲酒運転自慢やら、駅の改札突破自慢など違法行為を自己申告。こうしてツイッターは「バカ発見器」と呼ばれるようになった。」
「なぜネットの階級社会は現実のそれより「厳しい」と断言できるのか。それはネットで普通に頑張ったところで、食えるようにはならないからだ。受験や就職は確かに厳しい。常に成功するとは限らないし、挫折もあるだろう。それでも、努力はある程度報われるし、目指す学校や職業への正規の道は存在している。弁護士になりたければ司法試験を受ければいいし、野球選手になりたければ野球部で実績を残せばいい。給料の高い会社員を目指すならば、大学に入っておいたほうがいいだろう。しかし、ネットにはそんな正規の道はない。そこに君臨しているのは芸能人やネットと携帯事業で稼ぎ、「震災に100億円寄付」ができる孫社長のような一握りのオオモノなのだ。」
(本文は中川淳一郎『ネットのバカ』によった)


ネットで人気になろうと思っても、現実は厳しいといわざるを得ません。
というのも、やはり上には上がいて、そこに入らない限り、まずは相手にされないのがオチでしょう。
入ったとしても、今度は下から上り詰めるライバル、周りのプレッシャーに耐え、人気となる―需要に応えるものを提供できなければなりません。
プレッシャーとやりがいを秤にかけた時、等しく振れればいいのですが、現実、そうもいきません。


ではどうすべきなのでしょうか?
「やりたい仕事と「勝ち易き」仕事が一致する人は幸せな人です。何も迷うことはないでしょうから。しかし、多くの人はそれがずれるのです。だから苦しむのです。僕の野球くらいできなければ諦めもつきますが、中途半端にできてしまうと一番判断を誤ります。
(中略)しかし、今、やりたいことは趣味と割り切って、勝ち易き仕事を選ぶという選択の持つ意味はより重くなっていると思います。景気がよい時代と違って、今のように不況が長く続く状況では、それぞれの「勝ち易き」場所以外では生きづらくなっているからです。」
「結局、大切なことは、自分の勝てるレースと脚質を見極めることです。それが、僕はこれしかできません、でもこれでは誰にも負けませんと、胸を張って言うことにつながるのです。」
(本文は林修著『いつやるか?今でしょ!』によった)
自分の適所を知り、其処で努力することが最善策ではないか、と思います。
適所は人それぞれ異なります。
見つけるためにはまずは色んなことにトライしてみるしかありません。
トライ・エラーを繰り返して、自分の場所が見つかるのです。
ネットはあくまでも自分を輝かせるステージの一つと割り切って、今ある仕事、やるべき仕事を片付けましょう。