月に跳ねる! 5 | 背徳的✳︎感情論。









   
 














コンビニを出るとすぐに、文吾は買ったばかりのコーラを一気に煽った。
華奢な首に際立った喉仏が大きく上下して、ものの数秒でそれを飲み干した彼は空になったペットボトルをゴミ箱に突っ込み、
「サンキュ」
と俺が持っていた自分の荷物に手を伸ばした。
「別にゆっくり飲めば良かったのに」
呆気に取られて俺が言うと、
「喉渇いてたんだよ」
彼はしれっとそう返して歩き出した。

「遠慮しちゃって」
横に並んで揶揄って笑ったら、
「してねぇ」
食い気味にそう言ったあと、文吾は俺をマジマジ見つめ、
「つかなんか、デカくね?」
眉間に皺を寄せて、あり得ないモノを見ているような顔をした。

「え? ああ、夏休み中にまた伸びたからな」
俺は頭を掻いた。
「…今、身長いくつ?」
「二学期最初に測った時は183…だったけど、もうちょい伸びたかも」
「は?」
「は?ってなんだよ。そっちは?」
文吾が変な顔するから、苦笑いして問い返すと、
「うるせぇ」
彼は俺にゴスっと腹パンを入れた。
「痛ッ、おま、グーはやめろよッ」
小柄なくせに思いの外、力が強い。
「うるせぇ。ちょっと見ねぇ間に無駄にデカくなりやがって」
「無駄にって、無駄じゃぇし」
バスケやってんだから、って応えながらも、お互いの身長差に気づかないほどの間まともに顔を合わせていなかったことに寂しさを感じてしまう。

「デカくなって良かったな。さぞかしバスケも上手いんだろうよ」
「なにその拗ね方」
棒読みで話す文吾に俺は笑った。
「文吾こそ、アレじゃん、将棋部で、大人気じゃん」
「は?」
「今日見たぞ。オマエのとこだけスゲェ行列できてんの」
「ああ…」
「女子とは無縁だった文吾がいきなりモテモテになったんだもんな。俺の方がびっくりしたっつーの」
ニヤニヤしながら文吾の顔を覗き込むと、彼は口を引き結んだ。
「やっぱもう彼女とかいんの?」
俺が更に続けると、
「うるせぇな、レオは俺があんな、」
そこまで言って言葉を切り、文吾は深く息を吸って吐いてから、
「疲れたから帰る」
早足でズンズン歩き出した。
俺はその反応の意味が分からなくて、
「え、ちょ、文吾?」
慌てて彼に追いつくけれど、無言の横顔が怒っていて更に慌てた。

「なんだよ急に」
「疲れたんだよ」
「は? 俺にか?」
「違げぇ。もう早く帰って寝てぇだけ」
「そんなに疲れてんなら荷物持つし」
「いいって。大して重くない」
「いやめっちゃ重いだろそれ。何が入ってんだよ」
「袴と襦袢。3人分。じーちゃんの」
「あ、もしかして将棋で? そりゃ女子が並ぶ…」
そう口にした途端、文吾は面倒臭そうな顔を俺に向け、
「じゃあな」
それだけ言って顔を背け、俺を置き去りにして走り去った。
「ちょ、文吾!」
呼んでも彼は立ち止まらなかった。
俺は何がなんだか分からなくて、ただ呆然と背中を見送った。
冬間近の秋の風が冷たく俺の身体を吹き抜けた。




それから俺は文吾と話をしようとLINEしたり休み時間に待ち伏せたり色々したけれど、彼は素っ気なく、忙しいの一点張りで応じてくれない。
そんな日が続いた3日目の夕方、俺はようやく避けられているのだと自覚した。もしかして高校に入ってからずっとそうだったのかも知れない、だから疎遠になっていたのかも知れない、そんな風に考えて悶々としながらリビングのソファにうつ伏せになって頭を抱えていた。

「ちょっとお兄ちゃん! 無駄にデカいんだから足引っ込めてよ!」
いきなりケツをバシンと殴られ、俺は驚いて顔を声の主へ向けた。
「邪魔!」
5歳下で小5の妹、小兎(コト)が俺の脚にチョップしながらそう言って、
「ソファから足がはみ出てて通れないでしょ!」
小言を浴びせてくる。
「痛ってぇ。オマエまで無駄にとか言うなよ、お兄ちゃん凹んでんのに!」
「自分のこと『お兄ちゃん』って言わないで気持ち悪い」
「気持ち悪いって… お兄ちゃん泣くぞ」
年の離れた妹は生意気盛りで俺にだけ反抗期。
チビの時は俺の後をずっと着いて来てたくせに。あんなに可愛いかったのに。

「勝手に泣いてて。そしてどいて」
邪険にしすぎだろ、さすがに。
俺はむすっと口を尖らせながらも、ソファのうえで三角座りをして縮こまった。
そんな俺からひとり分のスペースを空けて小兎が座る。手には小学生向けのマンガ雑誌を持っていて、膝の上でそれを広げた。
「小兎、俺に冷た過ぎんか」
「そう言う年頃よ」
「自分で言う?それ」
「うるさい」
とりつくしまのない妹に俺はますます身を縮こませながらも首だけ伸ばして彼女の広げている雑誌に視線を送った。そこに『おまじない特集』と題されて、『上手く気持ちを伝えられない相手と夢で会って話そう』、そう書かれた一文が目に入ったからだ。
気になって思わず顔を近づけると、
「なに、お兄ちゃん、おまじない興味あるの?」
キモい、と言う言葉を顔に張り付けて小兎が冷たい目で俺を見た。

「いや興味とかじゃ…  実は最近さ、上手く話せない相手がいて… だからそのタイトルに目が行っただけで」
首を引っ込めて、ため息混じりにボソっと俺が言うと、
「それって好きな人⁉︎」
小兎はびっくりするくらい食い付いて、俺の方へ身を乗り出した。
「え? いや、違う」
「でも気になってる人なんでしょ?」
「気になってって言われたら… まぁそうだけど」
「それはもう恋じゃない!」
勢い良く言われて俺は呆気に取られ、手を顔の前でパタパタ振って、
「違う。友達」
短く否定しても、
「おまじないに頼りたいほど悩んでるなんて、相手はどんな人?」
彼女は目をキラキラさせて話を聞かない。

「違うって言ってんだろ。文吾だよ、相手は。オマエも良く知ってるだろ」
「文吾くん⁉︎ 文吾くんなの⁉︎  やっぱりお兄ちゃん… そうじゃないかと思ってた」
説明する俺に小兎はますます目を輝かせる。
俺と文吾のどこをどう切り取ればそんなことになるのか、俺は愕然としてしまう。
開いた口が塞がらない。
「文吾くんなら許しちゃう」
小兎は胸の前で手を組み合わせ、嬉しそうにハートを飛ばす。
この年頃の女の子はみんなこうなのか。
なんでも恋愛に繋げたがる。
「いや… 違うんだが…」
「分かった、協力する!」
「いや何も分かっとらんよな?」
「じゃあまずこのおまじない、やってみよう!」
「え、あ、うん」
「準備するね! 待ってて!」
「う、うん」
さっきまであんなに邪険にしていた兄にウィンクして、小兎はリビングを飛び出した。




















つづく





月魚







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(°▽°)