「寒ッ、寒過ぎるって先生!」
ギュッギュッと雪を踏む音を立てながら、先を歩く先生の背中を追う。
「んなこと俺に言ったって」
先生は振り向いて笑い、俺に手を差し出した。
節の目立つ男らしい手。
俺は一瞬戸惑ってそれを見つめたけれど、思い切って掴んで握ると、力強く握り返された。先生の手は あったかくて、さっきまで震えていた寒さを吹き飛ばしてしまう。
校門で落ち合った俺と先生は駐輪場を抜けて柵を越え、綿帽子をかぶった林の中の道を歩いていた。
繋いだ手を揺らしながら雪道をゆっくり進む。
「で、見せたい物ってなに?」
どこに向かっているかはすぐに分かったけれど、肝心なところを先生は教えてくれていない。
「行けば分かるよ」
そう言って笑う先生の鼻は寒さで赤くなっていた。
林を抜けると嘘のように明るく陽が射して、ふっくらと積もった雪を宝石のようにキラキラと輝かせていた。
「うわ…」
眩しくて俺は思わず声を上げた。
それは街の道路にあった雪とは別物のように美しく、神聖な白さを称えていた。
そしてそこに、今いる場所から真っ直ぐに、たった一つだけ足跡が続いている。
「踏むのがもったいないよな」
俺に顔を向けて先生が言った。
「うん。でも、この足跡は、先生の?」
見つめ返して尋ねると先生は頷いた。
「踏んでんじゃん」
俺はガクッと肩を落として、繋いでない方の手で先生を小突いた。そんな俺に彼は「あははッ」と笑って、足跡を辿るように歩き出した。
「今日まだやんなきゃいけない事が残ってて学校に来たんだよ。で、仕事の前に挨拶しておこうと思ってここに来たんだ」
歩きながら先生が説明する。
「挨拶? あの桜の木に?」
「うん。なんて言うか… 最後にお別れを言っておきたくて。この1ヶ月、忙しくてそれどころじゃなくて遅くなったけど」
「…そっか」
しんみりとして頷くと、
「でね、見つけたんだ」
先生が明るい声でいい、俺の手を離して、もう目の前に来ていた桜の木の切り株に駆け寄った。
枯れた切り株はその周りだけポッカリと雪がなく、前に来た時と変わらず寂しげに見えた。
そんな切り株の後ろに周り、先生が じゃーんと言わんばかりに、両手で一点を示し、「ほら!」と陽射しに頬を輝かせた。
「何かあるの?」
近づいてそれを見た瞬間、彼がこれを俺に見せたいって言った気持ちをすぐに理解した。
そこにあったのは、枯れた木の割れ目から芽吹いた、小さくも力強い、屈強で美しい、艶々とした真新しい緑の双葉だった。
「これは…」
俺は濡れるのも構わず その場に膝をついて、その若い緑に そっと触れた。
「この木はまだ死んでなかったんだよ」
先生も俺の隣に同じように膝をつき、
「俺、お別れに来たつもりだったけど、なんか、そうじゃなくて、その、上手く言えないけど、まだまだ頑張れって背中を押された気がしたんだ」
言葉を選びながら そう言って声を震わせた。
「だから、二宮にも見せたくて。この芽は、きっとこれから、成長して大きくなって、またいつか、満開の花を咲かせるから」
「…そんな時が来るの… かな、また、あの桜を見る時が」
その未来を想像すると心が震えた。
「来るよ、絶対に。そん時は俺たち、オッサンになっちゃってるかもだけど… でも、でも、また一緒に桜を見よう」
「…また、一緒に… 」
「そうだよ。だからそれまで、ずっとずっと一緒にいよう」
言いながら先生が俺の手を握った。その手はやっぱり温かくて、胸のを奥をギュッと掴まれて、泣きそうになって、俺は目を瞑って頷いた。
「約束だよ。今度こそ、絶対」
先生が囁き、俺を引き寄せ抱きしめた。
「うん… 今度こそ、絶対」
俺も先生の言葉を繰り返し、彼にすがりつくように抱きしめ返した。
お互いの気持ちを確かめ合う俺たちの上に、チラチラと輝くものが舞い落ちて来た。
俺はハッとなって顔を上げ、
「桜… 」
陽の中で銀に光る それを見つめて呟いた。
「違うよ、雪だ…」
先生は笑って、間近にある俺の顔を覗き込み、一層強く俺の身体を引き寄せる。
「雪…? でも…」
空を舞う淡雪は、俺には確かに花びらに見え、同時に律の幼い微笑みが脳裏に浮かんだ。その輝く姿に、俺の心は雷に打たれたように大きく震え、堪えていた涙が頬を伝った。
「…にの…?」
それに気づいた先生がまた俺の顔を覗き込むから、俺は彼の肩に顔を埋めて、
「先生… 慎太郎は、律に一目惚れだったんだよ…」
降ってくる淡い花弁に残っていた最後の記憶を彼に伝えた。
「初めて会った、その日から、慎太郎の胸にはずっと律がいたんだ」
言葉にすると涙が次々と溢れて、俺は苦しくなってしゃくり上げた。
「うん… 律もそうだよ… ずっと… 最期の一瞬まで…」
先生は俺の耳に唇を寄せ、掠れた声で囁く。
「…律… 律、守ってやれなくてごめんな」
俺は慎太郎の最期の想いを口にして咽び泣いた。
「…私こそ、約束を守れなくてごめんなさい… でも、今度は、絶対に、俺がオマエを守るから」
先生が俺の涙を拭う。
「うん… 頼むよ、先生」
俺が鼻を啜って微笑むと、先生も涙でいっぱいの瞳を細め、
「約束する」
そう言ってニッと笑ったあと、
「大好きだ」
俺を力いっぱい抱きしめた。
「…うん、俺も。大好きだ… 出会えてよかった」
囁いて抱きしめ返すと、彼の唇が耳に触れ、頬に触れた。
顔を上げると今度は額と額が触れた。
その照れたような、愛おしそうな瞳が俺を捉える。
キュンと高鳴る鼓動。
鼻と鼻が触れ合い、それからゆっくりと、躊躇いがちに唇が触れ合った。
冷たくなっていた唇は途端に熱を帯び、甘くなって、次第に柔らかく深く絡みつく。
離れ難くて、繰り返し繰り返し、切ない音を響かせて、今まで伝えられなかった気持ちを伝え合う。
「…二宮、」
「ん… 」
「あのさ、あの時さ、」
「…どの時?」
「格技室の、時、」
「うん」
「“一生プラトニックでいい”って、言ってくれじゃん?」
「…うん」
「あれさ…… 」
「うん?」
「…俺が無理かも」
キスの合間に先生がそんなこと言って、恥ずかしいのをごまかすように、俺の首筋で ちゅっと音を立てた。
それがくすぐったくて、
「うん… 俺も、やっぱ無理」
俺は首をすくめて笑った。それからもう一度、深く深く唇を重ね合わせた。
「…じゃあ、戻るか」
「だね」
頷き合い、微笑み合い、俺たちは指を絡めて手を繋いだ。
やがてまた巡り来る春を映すような、暖かな陽だまりの中、咲くように積もる雪を踏みしめて俺たちは、再び ゆっくりと歩き出した。
fin
1年に渡ってアップしました
春雷
これにて
完結
でございます。
キッカリ50話!
すごいぜ私!
やったぜ私!
(°▽°)
最後までお付き合い頂いた皆さま
ありがとうございました。
コメント欄
開けております。
感想を聞かせて頂けると嬉しいですヽ(*´∀`)
最後に言っておきたいこと
聞いておきたいことなど
なんでもどうぞ!٩( ᐛ )و
私の妄想大宮も
これにて完結です。
長い間
妄想を垂れ流して
ゴメンクダサイ
(°▽°)
月魚