春雷 49 | 背徳的✳︎感情論。


















そこからの約1ヶ月は本当にバタバタと目まぐるしく過ぎた。


まず駆けつけた教頭たちにめっちゃくちゃ怒られた。

神宮は割とすぐに目を覚ましたものの、魂が抜けてしまったように ぼんやりしていて、迎えに来た両親に腕を引かれて帰って行った。

もちろん俺も親が呼ばれて、親にも めっちゃ怒られた。


それからケガ。

右肩は幸いにも打撲で済んだけれど、木刀の打撃をまともに受けた腕はヒビが入っていた。全治2週間のギプス生活がスタート。

その上ケガのせいか冷えたせいか、俺は三日三晩 高熱に浮かされ、学校を2日も休むハメになった。


登校したらすぐに大野先生に会いに行きたかったけれど、騒ぎを起こしてすぐで他の先生の目が俺たちに向いている気がして会いに行けなかった。

その代わり保健室の小林先生のところに行くと、大野先生も神宮も俺と同じように熱を出して昨日は学校を休んでいたと教えられた。


「俺のこと心配するLINEはもらったけど大野先生も寝込んでたんだ」

知らなかった事が少しショックだった。そう話すと小林先生は腰に手を当てて、

「大野くんはまだ体調悪そうだけど、校長に報告しなきゃいけないし色々大変だったのよ。私もまだ話を聞けてないんだからね」

早口に そう言って鼻で息をついた。


俺は話せていなかった神宮の前世について説明し、あの夜の出来事を事細かに小林先生に話して聞かせた。


小林先生は何度も頷いて、

「なるほどそう言う因果だったんだ…… でも無事で良かったよ」

呟くように言ってから、

「あ、無事でもないか」

と笑って俺のギプスをコンと指で叩いた。


それから先生は鼻歌混じりにコーヒーを淹れ出した。そんないつも通りの光景にホッと一息ついた時、先生の机に置かれた、見慣れない派手なケースのスマホが目に留まった。

「なにコレ?」

尋ねると、

「あ、それ、神宮くんのスマホ。格技室に助けに行った時さ、カバンと一緒に落ちてたから拾ったのを返しそびれてて。さっき会って話をしたのに」

小林先生はしれっとそう言っていつものように眼鏡を曇らせながらコーヒーを口に運んだ。

「あの時にカバンに入れて返せば良かったんじゃ? 神宮のお母さんが迎えに来て、カバンは渡してたじゃん」

「そうなんだけどね、スマホは渡しそびれちゃって」

俺の問いに先生が意味深な笑みを浮かべるから、俺はピンと来て、

「中、いじったの?」

小声になって尋ねた。

「別に。ただちょっと、キミと大野くんの写真を消しただけ。あとLINEのトークやメールもね」

そんな俺に先生はニヤリと笑う。

さすが、小林先生」

「一応共有されてるパソコンにも侵入して調べたけど、そっちには画像はなかったよ。クラウドには保存されてたから、それは消しておいた」

「恐れ入りました

やってることは全部犯罪の臭いがするけど

でもこれで脅されるネタが無くなった。思わず握手を求めて手を握ると、先生は「でもね」って真顔になった。


「神宮くん、キミと決闘した事も、大野くんとやり取りしてた事も、何も覚えていないらしいの」

「え

「たぶんだけどさ、自分の言うなりに出来るって思ってた大野くんに投げられた事がよっぽどショックだったんじゃないかな。それで熱が出て、前世の記憶が全部 ふっ飛んじゃったんじゃないかなぁ、って言うのが私の推測」

そう言われて、

そう言われたら、俺も、熱が引いてから ちょっとあやふやになって来てるかも」

俺は口元に拳を当てて呟いた。

あれだけ鮮明に脳裏に浮かんだ桜や律の映像が、今は思い出そうとしても ぼんやりと膜がかかったように霞んでしまう。


「…そっか。うん。それでいいんだよ」

俺の言葉を受けて、先生はそう言って笑ってくれた。




格技室での出来事は、神宮が俺に腕試しを申し込み、大野先生がたまたまそれを知って止めに入った、そう言う筋書きで結着した。

部活に熱心な余りの行動だったと小林先生が口添えしてくれて、なんとか全員穏便に済ませて貰える事となり、こうして一連の騒動は静かに幕を閉じた。



最後に俺は、後で話すって約束していた、大野先生のお姉さんの聡美さんに会うため、その週の終わりの土曜日の午後に大野先生の家を訪ねた。


聡美さんはギプス姿の俺を心配してから、

「智に聴いても説明下手過ぎて よく分からないんだもん。アンタそれでよく教師が務まるね」

大野先生をギロリと睨んで言い、ゆっくり話が聴きたいと、俺をダイニングに通して座らせ、コーヒーを淹れてくれた。


最初は前世の部分は省いて話すつもりだったけれど、先生が話している所もあり、アレコレ考えるのが面倒になって結局一から順を追って全部話してしまった。

最後の対決は先生と確認し合いながら細かく語った。


聡美さんは熱心に耳を傾けて、

「じゃあ、キミが智を助けてくれたんだね」

そう言ったあと正面に座る俺に向かって頭を下げ、

「ありがと弟のためにケガさせちゃってゴメンね」

しんみりした口調になって、また頭を下げた。

「いや、このケガは、俺が避けられなかったからで」

俺がアタフタしてギプスに手を当てると、

「ウソ、でしょ?」

聡美さんは両手で頬杖ついて目を細めた。

「ウソって?」

問い返したのは先生だった。

「智が自分で立ち向かうように、仕向けてくれたんじゃないの?」

聡美さんが俺に視線を向けたまま言った。


さすが鋭い


やっぱり聡美さんは小林先生と似ていると思う。


「買い被りすぎだよ、単に油断しただけ」

俺は手を振って笑った。そんな俺の隣で先生は口を噤んで俯く。


「ん〜、しかしまぁ映画に出来そうな話だねぇ」

聡美さんが空気を変えて言い、しばらく俺と先生に色々質問したあと、

「で、2人はどうするの?」

俺と先生の顔を交互に見ながら尋ねた。

「どうって?」

「お互い好きなんでしょ?

ズバッと言われ、俺も先生もコーヒーを吹き出してしまった。

は? なに言って」

先生が口元を拭って聞き返す。俺はアタフタとテーブルを拭いた。

「そこ ごまかさなくても良くない?」

「いや、え?」

「二人ともやたら距離近いし、隣に座ってるだけで嬉しいって顔に出てる」

聡美さんがさらっとまたそんなこと言うから、俺は むせて咳込んだ。


「で、付き合うの?」

直球でそんな事を訊かれ、俺は言葉に詰まって先生に視線を送った。

顔を見合わせて、しばし沈黙。

それを聡美さんが、

「わ、意味深なアイコンタクト」

ニヤリと笑ってからかう。

耳が熱くなって、ますます言葉が出て来ない俺をよそに、

「うんもちろん、一緒にいたい」

先生がそう言って照れて笑った。


その言葉に頭が沸騰してしまう。

俺は恥ずかしくなって何も言えずに俯いた。

そんな俺に、

「あ、もちろん、二宮が卒業してから、だけど」

先生が思いついたように付け足した。


「別に いいんじゃない? バレなければ」

聡美さんか楽しそうに笑うから、 

「他人事だと思って」

先生が苦笑いすると、

「いやいや、私はね、安心したんだよ。智にも誰かを想う感情があったんだなって」

聡美さんはそう言いながら、やっぱり面白がっているようにしか思えない笑みを浮かべた。

「あるわ、俺にだって」

先生がブスっとして反論するから、俺は声を立てて笑った。



陽が傾いて、聡美さんが夕飯を一緒にって言ってくれたけれど、断って俺は帰り支度を始めた。

「送って行こうか?」

玄関まで見送りに来てくれた先生が俺のギプスを見ながら心配そうに眉を寄せるから、

「大丈夫だよ。それに、また誰が見てるか分からないから」

俺は声をひそめて言って微笑んだ。

「うんじゃあ、気をつけて」

名残り惜しそうな先生の声。

「ありがと。また来週、学校で」

俺が頷くと、先生は何か言いたそうに目を細め、そっと俺に手を伸ばした。その手が俺の頬に触れ、温かくて心をくすぐられるようで、触れている彼の手を静かに握った。


あのさ、二宮、」

言いかけた先生の後ろのドアから、

「ねー、本当に夕飯食べていかない? 遠慮しなくてもいいんだよ?」

聡美さんが顔を覗かせてそう言った。

俺と先生はパッと手を離し、

「お、俺も残念だけど、うちの母さん、まだ怒ってるから。しばらくは早く帰って大人しくしてないと」

上ずりながらも応えると、

「そっかぁ。でもいつでも遊びに来てよね。もう二宮くんも私の弟みたいなもんなんだから」

聡美さんはニッコリ笑って手を振った。


その言葉に、俺と先生はまた顔を見合わせ、くすぐったい気持ちで同時に笑った。











それから病院通いやら期末テストやらに追われて慌ただしく過ごし、大野先生ともゆっくり会えないまま1ヶ月が経った。


そしていつの間にか冬休みに突入。


前日に降った雪が、朝の冷え込みで溶けずに地面を白く染めていた。

俺は腕のケガもすっかり癒えてギプスも外れ、気が抜け切って、寒さに勝てずに布団の中でいつまでもゴロゴロしていると、唐突に大野先生からメッセージが届いた。


『見せたいものがあるんだけど、学校まで出て来れる?』

学校に?

今から?

意図が理解出来ず、そう返信すると、

『今から!』

一言だけサンタのスタンプと一緒に送られて来た。

























つづく










月魚









次回!


今度こそ本当に


最終話!!